カテゴリー「神社・歴史」の記事

我が家のお役目『伏見稲荷大社』

2014年2月14日 / 山城の神社, 日々の話, 神社・歴史

昔、我が家のご先祖様がやって来た時に
その土地にはお稲荷様が祀られており、
今でも我が家に鎮座されています。

こうしてご縁が御座いますので毎年
我が家は伏見稲荷大社に参拝をする事が
恒例行事となっています(^^)

せっかく、ここまで来たので一眼レフカメラを
持ってくれば良かったなぁ…。少し後悔しました(^^;

今までに気付かなかった事に今日はふと目が付きました。

狐さんは鍵を咥えているんですよね。
巻物は見たことがありますが鍵は初めて見たような。
いえ、気がついていない?(^^;このお話は後ほど…

じいちゃんと息子は伏見稲荷大社一周(二時間コース)を
見事完歩致しましたが私と娘は適当な所で引き返しまして…
僕は麓の茶店でコーヒーを娘は鯛焼きを…(^^;

娘は千本鳥居を歩くのが結構楽しかったようです(^^)

先程の狐が鍵を咥えているお話です。家に帰ってから
調べてみますと稲荷さんには

『玉鍵信仰』

と言うものがあるそうです。玉は御霊(稲荷神『稲の神』)
鍵は穀物を保管する倉庫の鍵を表しているそうです。
ちなみに右側の鎮座する狐は玉を咥えています。
御霊と鍵を御守しているということなのでしょうか?

伏見稲荷大社の主祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
です。字の如く、稲に関係の深い神様で伊勢でも御倉神として
祀られています。(倉稲魂命と稲荷神は同一神)

僕の勝手な解釈ですが倉の中に収められたモノを
手にするためには鍵を持って開けると…(^^)

稲荷神は山城一帯をおさめていた豪族秦氏の農業神です。
それがいつ倉稲魂命と結びついたのでしょうね?倉稲魂命は
伏見稲荷大社よりも伊勢の方が早くから祀られていたそうですが。

話しついでに丹後国二宮の大宮売神社の御祭神
大宮売神が祀られています。どんな

御祭神 宇迦之御魂(倉稲魂命と同じ)

京都市伏見区深草藪之内町68  伏見稲荷大社

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ここはホントの聖域だ!『天岩戸神社』

2014年2月8日 / 丹後の神社, 神社・歴史

 

福知山市大江町には元伊勢皇大神社(内宮)と
元伊勢豊受神社(外宮)があります。その奥宮
として天岩戸神社があります。この3つを
元伊勢三社といいます。

天岩戸と言うのは古事記などで出てくる天照大御神が
お隠れになられた岩戸隠れの伝説の場所です。
日本各地に比定地がありますがその中の一つです。

 

元伊勢皇大神社の裏手の道を下って行くとあります。
すぐ近くですので元伊勢皇大神社を一緒にご参拝されると
良いかと思います。

ここに参拝されるときに2つご注意して頂きたい事があります。
一つ目は谷に降りて行きますので足場が悪いのでヒールの様な
歩きにくい履物で行くと危険です。

二つ目はココは”神域”です。そして京都府歴史自然環境保全地域に
指定されています。石、草木など全てのものをココから
持ち去ってはいけません。

手付かずで自然がそのまま残っているような
雰囲気でとても厳かな気持ちになってきます。
ちなみに社殿の前を流れるこの川は”宮川”と言い
途中から”五十鈴川”と名前が変わります。伊勢と
全く同じですね。そして内宮、外宮、猿田彦神社…。
元伊勢と言われるだけはあると思います。

僕、個人的な感覚ですが丹後の神社の中でも特に
背筋がピンと伸びるような、そして清々しい気分に
なれる神社だと思います。ひょっとしたらココに
天照大神がお隠れになったのかも?と思えてくる
くらいです。機会がございましたら皆様も是非、
一度は参拝して頂きたいなと思う神社です。

御祭神 櫛岩窓戸命、豊岩窓戸命

京都府福知山市大江町佛性寺字日浦ケ嶽206-1 天岩戸神社

 

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長篠の合戦で鉄砲の三段撃ちは無かった?

2014年2月6日 / 神社・歴史

 

長篠の合戦で武田勝頼は撤退を進言する家臣を受け入れず
その結果、武田信玄からの重臣を多く無くしてしまい武田家は
滅亡へと向かって行きました。

その長篠の合戦で武田家が壊滅的ダメージを受けたのが
織田・徳川連合軍による鉄砲の三段撃ち。バラバラに
狙撃をするのではなく3000の鉄砲隊を3つに分けて順番に
一斉射撃をしたのです。これには武田軍も為す術がなく
自慢の武田騎馬軍団が鉄砲の餌食となり武田勝頼も
数騎に囲まれながらやっとの思いで戦場から逃げてきた…

僕は戦国時代の話は好きなのですが詳しくはありません。(^^;
ザッとこんな感じだったかと思います。

ところが…。

『鉄砲の三段撃ちは無かった?』

鉄砲三段撃ち「存在せず」史料の誤読を指摘
中央高・平山教諭「長篠」で論考

平山 優さん

甲府・中央高教諭で武田氏研究会副会長の平山優さんが、
戦国時代の長篠の合戦で織田信長が武田勝頼に対して用いた
とされる戦法「鉄砲三段撃ち」は存在しなかったとする論考を
まとめ、このほど刊行した「長篠合戦と武田勝頼」で発表した。
三段撃ちは数多くの映画やドラマで“再現”されてきたが、
歴史学者の間には否定的な見方があった。平山さんは史料を
詳しく読み解くことで「否定論」の実証を試みた。

山梨日日新聞WEB版より

 

その根拠などはこちらからでは伺えませんが
びっくり仰天です!

三段撃ちは織田・徳川連合軍の話になりますが
今度は武田軍の武田騎馬軍団も存在が怪しうと
いう説があるようで

『甲陽軍鑑』にある各部将に付属される騎馬武者数を
見ても主力と呼べるほどではなく、元亀2年の河窪信実に
宛てた軍役定書でも騎馬3、鉄砲5、持鑓5、長刀5、長柄10、
弓2、旗3となっている。つまり、騎馬率は1割を下回る。
上杉氏の軍役帳、北条氏家臣の軍役をみても大体似たような
割合であり、むしろ若干北条氏の騎馬率が高いくらいである 

Wikipedia:長篠の合戦より

 

天下統一に向けての大戦だったのでしょうが
ひょっとしたらかなり事実にかなり脚色されて
いるのかもしれませんね。(^^;でも脚色されて
いるからこそ話が面白いというのもありますが…

さて、真実は如何に?

 

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大豆じゃなくてピーナッツでしょ!

2014年2月4日 / 丹後の歴史, 日々の話, 神社・歴史

昨日は節分でした。皆さんは豆まきを
されたでしょうか?

我が家では僕が物心つく時から豆まきの豆は

『ピーナッツです』

汚れないし、湿気らないのでオススメです。
ひょっとして我が家の豆まきは邪道ですか?(笑)

この日、子供たちの保育園でも節分の豆撒きが
行われました。娘を保育園に送り出すときに
こうお話をしました。

『みんな鬼は悪いって言うけど、ホントは優しいんだで。
だから、今日の豆まきはそ~っと投げてあげてーよ。』

丹後には所々、『鬼は~内!』と豆まきをする(しない?)
地域や家があります。鬼は地域の住民に悪さをして暴れると
いう事で征伐されたと昔話では言われています。

でも、鬼は額面通りにホントに悪者だったのでしょうか?
鬼を指しているのは『鉄の民』鉄を扱う人々だと
言われています。火を扱いますから顔も鬼の様に赤黒
かったのでしょうか。

鬼退治伝説の元は丹後の民が持つ製鉄技術の争奪戦であり、
それに負けた丹後の鉄の民が鬼として悪者にされて
しまったのだと思います。色々と諸説や見方はあるとは
思いますが単純に『鬼=悪』とは思えないので思わず娘に
そう言ってしまいました。

 

丹後には主に大江山を中心とした3つ目の丹後の鬼退治伝説
があります。その中で一番新しいもの源頼光の鬼伝説の中で
源頼光に撃たれた酒天童子(鬼)の最後に発した言葉

『鬼に横道なきものを』

鬼は人を騙したりしないという意味です。また、
丹後では豆撒きをしない家というのがあり、それは
『鬼に助けられた』から豆撒きをしないそうだ。

 

鬼は悪者どころか心優しき者なのかもしれません。
鬼も福も家の中で良いじゃないですか?(^^)

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最先端製鉄コンビナートがあった鳥取『吉田神社』

2014年2月2日 / 丹後の神社, 神社・歴史

 

配達の帰りに寄ってみました。何となく気になる神社で
半年に1回くらいでしょうか?よく行く神社です。
真っ直ぐにそびえる杉がとても幻想的な雰囲気を
漂わせます。でも前回に行った時よりも杉の数が
減ってスッキリとしたような…

鳥取にある吉田神社から分霊をし祭祀したと言われが
あるそうですが鳥取市にはそう言った神社はなく神名帳にも
記載が残ってません。ただ、この神社がある場所は

京丹後市弥栄町鳥取

同じ鳥取つながりなのです。

社殿も立派です。棟札を見たかったのですが見当たりませんでした。

このタイプは日本海沿岸に普及している
”出雲”というタイプで今にも飛びかかろうと
している”構え獅子”です。

詳しい由緒や歴史はわかりませんが何となく
古くから有るような気がします。

最もこの吉田神社のある鳥取という集落には
遠所製鉄遺跡という当時、最先端技術が
駆使された製鉄コンビナート跡地
があります。

丹後の古代史を語る上で放っておけない地
であるのは間違いないと思います。

口碑)垂仁天皇天下を知食御代天湯川板譽命
但馬国より当地水江に来り、彼の浮べる白鳥を
取り奉り鎮守と爲さんと墨ノ江の水笑松原村の
遠津神に御祈書ありて此水江に網を張りしに
よりて後に水江網野とは称すなり、松原村の東に
鳥取郷鳥取ありこの烏を捕へたる所なりといふ、


と『丹後国竹野郡誌』に書かれています。
丹後の地名・資料編様より参照)また白鳥は
鉄霊を指すものでもあるそうで製鉄と結びつきます。

こんな神話があります。
誉津別命(後の垂仁天皇)は言葉が喋れなません
でしたがオオハクチョウ(鵠)を見て
『あれはなにか?』と初めて言葉を発しました。
天皇の喜びは大変なもので早速側近にオオハクチョウを
捕えてくるよう命じました。このとき、天湯河板挙命
(あめのゆかわたなのみこと)が

「必ず捕えて参ります」

と約束し捕まえて帰ってきました。 その手柄により
天湯河板挙命は鳥取部の性を与えられ”鳥取”を名乗る
事になります。

ひょっとしたら鳥取は鳥取氏が居を構えていた
場所なのかもしれませんね。

吉田神社の話と全く脱線してしまいましたが
この”鳥取”という地は他にも沢山の遺跡があり
丹後の中でも重要な場所だったのでしょう!

御祭神 天児屋根命、猿田彦命

京都府京丹後市鳥取小字宮ノ森  吉田神社

 

 

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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