カテゴリー「神社・歴史」の記事

『新選組の礎を作った男』大虫神社

2016年3月14日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社,

 

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明治維新の火付け役であり新選組の基礎を作った人物で
清河八郎という人物がいます。頭も切れ昌平坂学問所で学び
後に清河塾を開く、そこには山岡鉄舟をはじめ各地から憂国の士が
彼のもとに集まります。文武両道で北辰一刀流の免許皆伝の腕前でもあります。

詳しいことは覚えてませんが小説?の影響なのでしょうか?どうも僕の
イメージが良くないんです(^^;変節漢的な扱いをされてたんじゃないかと・・・

 

でも清河神社と言う清河八郎が祀られる神社が出身地にあるくらいで
ホントは人々に尊敬されるに値する素晴らしい人物ではなかったのか?
と思い藤沢周平の清河八郎を描いた回天の門という本を買ってみました。

 

この本に出てくるのかどうかは解りませんが清河八郎は
安政二年(1855年)に母を連れて諸国を漫遊しています。その時に
丹後の地にも足を運んでいます。その事が彼の残した
記録『西遊草』に出てきます。

 

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与謝郡の温江に母を連れて大江山まで来ているそうです。
この温江で大きな神社といえば大虫神社です。大己貴命と少彦名命の伝承
麻呂子親王を助けた白い犬が持つ鏡がここ大虫神社にあった言われています。
丹後でもとても古い神社で様々な伝承がある神社ですから清河八郎が
素通りしたとも思えず、また、大江山に登った際に元々、大虫神社が
あった池ケ成にも行ってるのかもしれません。

 

清河八郎は丹後へ来た際に誰に会ったのでしょうね?

 

 

御祭神 大己貴命

京都府与謝郡与謝野町温江字虫本1821  式内名神大社・旧府社 大虫神社

 

 

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『ご利益は?』たま神社

2016年3月10日 / 神社・歴史, 紀伊の神社

和歌山へ行く機会に恵まれ乗ってまいりました(^^)
実は一度乗ってみたいと思っていたんです。

 

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たま電車!

 

たま電車に乗る前に・・・。去年なくなった駅長のたまが
祀られているたま神社にお参りしてきました(^^)

 

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かなり本格的です。駅長のたまは神道形式の社葬で本格的な葬儀が
行われたとか・・・。オヤシロも本格的で立派なものです(^^)鳥居だってちゃんとあります。

 

お参りしたらどんなご利益があるのでしょう?
商売繁盛?安産祈願?五穀豊穣?駅長たまのお陰で
貴志駅は大賑わいになったわけですから商売繁盛でしょうかね?
和歌山電鐵に乗られる機会がございましたらたま神社へご参拝下さい。

 

御祭神 たま大明神
和歌山県紀の川市貴志川町神戸803(和歌山電鐵貴志駅内) たま神社

 

 

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『麻呂子親王の墓を見下ろす』葉山神社

2016年3月7日 / 丹後の神社, 神社・歴史

丹後町の是安に鬼退治伝説の主人公である
麻呂子親王の墓があると教えてもらっていたのですがそれがイマイチ何処かが
把握しきれずにいました。この近くへ配達に行く機会がありお客様に
教えてもらって行ってきました。

 

田んぼの中の一本道を抜け小山を登り

 

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墓地を抜け一本道を更に進みますと
山の中腹に平らな土地が現れ

 

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なんと!

 

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朽ちたお寺の様な建物があります。

 

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神宮寺の観音堂の跡の様ですね。
この時、やっと気が付きました。鬼伝説に出てくる丹後七仏薬師が
祀られていた神宮寺とはココの事だったんですね。残念ながら以前写真で
みたお堂の形は維持出来ておらず残念なことに・・・。かなり昔から
既に廃寺だったようです。

 

この神宮寺跡の更に奥に

 

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葉山神社(神宮神社)がありますが御神体はもうありません。
麓にある松枝神社に合祀されています。松枝神社の祭神は
松枝大明神、麻呂子親王の皇弟が祀られています。
大江山から始まり丹後町の立岩へ向かって丹後には
麻呂子親王の軌跡がたくさん残っています。

 

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神宮寺跡の奥には麻呂子親王の御廟があります。
御廟というのは御霊を祀る所と言う意味でお墓と考えても
良いのでしょうか?案内板にはお墓と書いてありますし。

 

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行く機会がなかなか無くてまだまだ回りきれてませんが麻呂子親王の
軌跡を追っかけております。(^^)次回は同じ京丹後市丹後町にある鬼神塚へ
行ってみたいと考えております。

 

御祭神 不明
京都府京丹後市丹後町是安小字神宮  葉山神社(神宮神社)※現在は松枝神社へ合祀

 

 

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徐福上陸の地『新井崎神社』

2016年2月17日 / 丹後の神社, 神社・歴史

寝具製作技能士の試験も終わって一段落付いたことですし
一緒に試験を受けていた仲間からの頼まれモノを買いに行ってきました。

 

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籠神社で販売されている御朱印帳です。紫色で菊の御紋入り。
高貴な雰囲気が漂っております。一冊1500円ですがサービスで
御朱印も書いて下さいます。

 

折角、ここまで来たのですから久しぶりに・・・。
徐福が上陸したと言われる新井崎神社!

 

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新井崎神社へ行ってみました。最近、参拝者が増えているのでしょう。
狛犬など、少しずつ整備されてきています。いつも不思議に思うのが
何故、神明鳥居なのか?しかも朱塗りで。

 

対岸に見える冠島(今日はあまり良く見えませんでしたが)に対して

 

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建っている鳥居は明神鳥居なんですよね。何故なのでしょうか?

 

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新大明神口碑記には何が書いてあるのかはよく解りませんが
その中に『「丹後奥郡澄之江の里は、龍宮城と同所にして異名なり』と書かれてるそうだ。

 

丹後には浦嶋伝説。この近くにある宇良神社は浦嶋子が祭神です。龍宮城も
浦嶋伝説に登場する常世です。徐福上陸の伝説の他にも浦嶋伝説が匂います。

 

一方、徐福は秦の始皇帝に東方の三神山に不老不死の霊薬があると進言をし
3,000人もの人を率いて日本を目指したと言われています。様々な技術を持つもの
五穀などの種、そういったものが日本へ大きな影響を与えたとも言われています。

 

 

『丹』と言うのは不老不死の薬を練り上げる原料の事で硫化水銀の事を指しています。
唐の皇帝はこの丹で練り上げた薬によって命を落としたと言われています。
徐福が始皇帝に提言したの不老不死の霊薬と言うのは『丹』を指していたのかもしれません。
丹後(丹波)の丹は硫化水銀の事を指しているのかもしれませんね。

 

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御祭神:事代主命、宇迦之御魂神、徐福
京都府与謝郡伊根町新井      新井崎神社

 

 

 

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『坂上田村麻呂の神勅』佐地神社

2016年1月6日 / 丹波の神社, 神社・歴史

丹波市青垣町にある神楽谷九ヶ村(檜倉、大名草、大稗、小稗、惣持、文室、稲土、市原、森)の
総社、大正期には県社に列せられた神社です。ネットで画像検索をしてると風情を
感じる神社ですので一度は行っておきたいと思い、仕事のついでに参拝してきました。

 

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決して、境内は広くありませんがとても雰囲気の良い境内です

 

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本殿の裏手に回ると気になることが

 

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盛土らしき上に隙間なく本殿が立てられています?
この盛土らしきものはなんなのでしょう?古墳?遺跡?

 

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神社を囲むようにお堀のような池があるのですが
水がとても綺麗です。近くに湧き水なのでしょうか?

 

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文字が剥げてて由緒等がココでは確認できませんでしたが・・・
同和三年(710年)に当時の丹波守であった坂上田村麻呂が
神勅を受け、息子の坂上刈田麻呂が社殿を造営したのが始まるのだそうだが
坂上田村麻呂が息子で刈田麻呂が父ではありませんでしたっけ??

丹波にはこの時期に集中的に建てられた神社が多く存在します。
丹波国が丹後と丹波に分割されたのが713年。一気に神社が
建てられたのも政治的な力が働いていたのでしょう。実際にはもっと
古くから何か合ったのでは??

 

祭神は天宇受賣命で天の岩戸開きの時に踊った神様で芸事の神様なのですが
暗闇から光を取り戻すことに一役買った神様です。
丹波市観光協会さんのWebによりますと

 

この神様は農業を守る神様で、暗闇の世界を舞踊で光明の世にしたように光・太陽の神様であったといわれています。
全面湖沼であった佐沼の水を抜き、水を治め(佐治)乾いた地(佐地)にしょうとして祈り場所をここに決めたといわれています。

 

あとから分かった残念なこと。。。
彫りが中井権次だったこと。ざんねん!見たかったなぁ。
御祭神 天宇受賣命
兵庫県丹波市青垣町小倉575   式内社・旧県社 佐地神社
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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM9:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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