カテゴリー「神社・歴史」の記事

『国道9号線の上に参道がある神社』唐鞍神社

2015年10月5日 / 丹波の神社, 神社・歴史

ブログにて不具合があり上手く表示できなくなり復旧作業をしており長らく、更
新をしておりませんでしたが今日からまた始めます(^^)どうぞ宜しくお願い致します。

9号線を京都方面に向かって走っているといつも気になる神社が京丹波町上大久保にあります。
ただ、何処から入っていいのかが分からず気になりながらもずっとスルーの状態で…(^^;
今回は時間に余裕があったので散策をしてみると!国道を跨っている道路が参道でした(゜o゜;

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この画像で何処かお気づきの方のいらっしゃるかと思います。9号線を作るときに参道が
分断されたのかもしれませんね。

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ネットなどで調べてみたのですがあまり情報がなく詳しいことは解りません。
近くの梅田春日神社より御分霊を奉祀したことが起原だそうです。

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並び方が面白いですね。本殿が真ん中で両脇に摂社、末社と並ぶ場合が
多いような気がしますが左から順番に並んでますね。

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覆屋の中にある本殿はとても立派です。
次回は梅田春日神社へ参拝したいと思います。

御祭神 春日四柱神、天照大神、素盞鳴命
京都府船井郡京丹波町上大久保    村社  唐鞍神社

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『カーナビが行く手を邪魔をする』秀吉大明神

2015年9月17日 / 寝具のこと, 摂津の神社, 神社・歴史

先日、研修に向かう途中、電話が掛かってきました。
運転中で出られないので国道から外れ、車を停車する場所を探したのが
事のはじまり・・・。(^^;

カーナビにはご丁寧に神社の場所が表示されます。
そこに表示された神社名がよりによって・・・。

『秀吉大明神!(゜o゜;』?

そんな名前が出てきたら無視できないじゃないですか(笑)
仕方なく神社へ向かうことに・・・。名前からしてそこそこの大きさが
ある神社かと思いきや・・・。

とても小さな神社でして、一度通りすぎてしまいました。(^^;
稲荷神社のそばにたわわに実った稲穂。とてもいい絵です。
神社名は 『城の垣内稲荷神社』というらしく元々、ここは
城だったようです。

稲荷神社ですが祀られているのは宇迦之御魂神 ではなく
秀吉だから秀吉大明神と言われてるのでしょうね。不思議なのが
何故、祀られるようになったのかが不明ということ。接点は何か
無いかなと探ってみました。

この城があった丸山城 (ココは出城:中野城)城主山口五郎左衛門は
秀吉の三木攻めで中川清秀、丹羽長秀に攻め滅ぼされたと
有馬郡誌にあります。でもこれじゃ薄いし・・・。

有馬郡というだけあってここは赤松氏系の有馬氏が治めて
いた所でしてWikipediaにはこんな事が書かれています。

庶流にあたる有馬重則は播磨国美嚢郡に進出し、同族の別所氏やその縁戚の淡河氏と対立した。
その子の則頼は豊臣秀吉に従い、後に御伽衆に列した。則頼の子豊氏は豊臣秀次の家老渡瀬繁詮に
仕えていたが、文禄4年(1595年)に繁詮が秀次事件により改易されるとその領地である遠江国横須賀3万石を
引き継いで治めた。 慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで有馬父子は東軍に与し、その戦功から則頼は一族の
旧領摂津国有馬郡三田藩2万石、豊氏は丹波国福知山藩6万石に封ぜられる。

有馬則頼は秀吉の御伽衆です。信頼も厚かったかと思います。関が原の合戦後も
有馬郡を治めています。有馬郡誌版『山口の伝説』さんのWebでも秀吉大明神がある
三田市上山口は有馬氏が治めていた事が伺え、また秀吉との関係の深さも解ります。

御祭神  秀吉大明神
兵庫県三田市山口町上山口字城ノ垣内1913  城の垣内稲荷神社

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『愛宕神社の総本山の本宮』愛宕神社

2015年8月30日 / 丹波の神社, 神社・歴史

愛宕神社の総本山といえば京都市の最高峰、愛宕山にある
全国900社あると言われる愛宕神社の総本山ですが・・・。

実はその愛宕神社総本山の本宮が 亀岡市の出雲大神宮の
すぐそばにあるんです。京都の愛宕神社は大宝年間(701~704)に
修験道の祖とされる役行者と白山の開祖として知られる泰澄が朝廷の
許しにより神廟を建立したのが始まりと言われています。

この亀岡の愛宕神社の創祀は神代にまで遡り、山を神籬(ひもろぎ:神を迎えるための依代)として
祀られたという。その後、継体天皇元年(507年)に社殿が創建されたと伝える。その後、分霊が
京都の愛宕神社に祀られることになると社伝に伝わるそうです。額がしっかりと

掲げられております。愛宕山の総本山の本宮だと言われているからですね。
ここは僕が隙な神社の1つで出雲大神宮とはセットで行きます。ムササビの生息地
だけあって神社はひっそりとしとても雰囲気のある場所です。皆さんも
出雲大神宮に行かれるときは是非、セットで行ってみてください。

『愛宕の三つ参り』 というのをご存じですか3歳までに愛宕神社へ
お参りすると一生、火事に合わないと言われています。各地に愛宕神社は
ありますので是非、子供さんを連れってって上げて下さい。うちの子供らは
もちろん、連れてってます(^^)

御祭神:火産霊神、伊邪那美神、大国主神
京都府亀岡市千歳町国分南山ノロ1  愛宕の本宮 愛宕神社

 

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丹波の素盞鳴尊伝承『酒滴神社』

2015年8月7日 / 摂津の神社, 神社・歴史

暑い日がこう続くと神社へ通うテンションも下がるんです(^^;
気力を振り絞って久しぶりの神社参拝です(^^;?

先日、大阪へ行ってきたのですが基本的には
僕は下道を走ります。神社を探してるんです(笑)
176号線沿いにいつも看板が上がってる『酒滴神社』?
とても気になっておりました。JR福知山線、藍本駅のそばです。

なかなかの古さを感じる雰囲気があります。
この神社の背後には虚空蔵山という山があります。いかにも修験場の
様な雰囲気がありますが元々、そこには聖徳太子が建立したと言われる
大きな寺があったそうだが明智光秀の丹波攻めで焼けてしまったとか・・・。?

話は脱線しますがココには素戔嗚尊に纏わる社伝があります。
素戔嗚尊そのものではなく 9世紀にこの辺りに疫病が流行り、
一童子に『われは素戔嗚尊なり・・・』とお告げが有りました、それに
従い山に入ると岩から天然の酒が流れでており、これを飲むと
病が止んだ。岩山大明神として祀ったのが始まりで
その後も悪疫に効果があり、後朱雀天皇は勅使を使わして
酒滴神社と名前を改められたそうです。あとで知ったのですが
社殿の裏にはその有難い水(酒)がチョロチョロと流れているらしいです。

次回はその水を飲みに行かなくちゃなりませんね!(><)

目が止まったのが『獅噛』よく、山車や神社の社殿で
獅子が柱を噛んでいる彫り物を見かけますがこの様な
形のものは初めてみました。上には千木がありますね。

久しぶりの神社参拝は汗ブルブルです(^^;

御祭神 素戔嗚尊

兵庫県三田市藍本1057  酒滴神社

 

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豊受大神が去った日

2015年7月7日 / 丹後の歴史, 神社・歴史

今日は七夕。近くの元伊勢、比沼麻奈為神社へ参拝をしてきました。

大神宮諸雑事記によると雄略22年(西暦478年)7月7日に伊勢へと遷座されました。
豊受大神は元々は丹波国(元々丹波と丹後は一つの国)の神様でありました。

この地には羽衣天女伝説があります。丹後国風土記逸文の書かれた最も古いと
される羽衣天女伝説ともう一つ峰山町大路に残る伝説と2つの伝説があります。
丹後国風土記に残る伝説は和佐奈翁という老夫婦が天女の羽衣を隠し、
子供が居ないから娘になってくれと一緒に暮らし、天女は万病に効く酒を
作り、それによって老夫婦はたいそう金持ちになりましたが、天女は追い出され
竹野郡の奈具の村へ辿り着き落ち着くことになります。

もうひ一つは峰山町の大路に残る三右衛門(さんねも)という狩人が
天女の羽衣を隠し、天女を嫁に娶り、三人の娘をもうけました。農業、養蚕、機織、
酒造りが上手く、村はたいそう豊かになりましたが天女はどうしても天に帰りたくて
娘たちに羽衣の隠し場所を聞き出し、天へ帰ろうとするときに三右衛門が帰ってきました。
その時に『7月7日に天で会いましょう』と言葉を残し天へ戻って行きました。
子孫にあたる家系は今でも続いており、家紋は丸に七夕ととても珍しい家紋です。

どちらの神社も御祭神は豊宇賀能売命(トヨウカノメノカミ)ということには変わりません。
豊受大神と 豊宇賀能売命は同一神として扱われています(僕は違うと思うのですが)
豊受大神が伊勢へ遷座される日と七夕の日が同じというのも何か関連性を感じますね。
豊受大神と 豊宇賀能売命が同一神として扱われる理由にもなってるんでしょうか?

そしてもう一つ気になるのが浦島伝説です。与謝郡伊根町の宇良神社の御祭神
浦島子は雄略22年7月に蓬莱山へ向かうと日本書紀に書かれているのと丹後国風土記逸文には
日にちは書かれていませんが雄略天皇の御世と書かれ、海中の大きな島(竜宮城?)へ行きます。
そこには8人の童子に迎えられます。彼らはすばるぼし(プレアデス)、あめふるぼし(ヒヤデス)
からやってきたと・・・。これも何か類似性といいますか関連性を感じますね。

丹後の歴史は謎だらけ・・・。(><)

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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