カテゴリー「神社・歴史」の記事

豊受大神が去った日

2015年7月7日 / 丹後の歴史, 神社・歴史

今日は七夕。近くの元伊勢、比沼麻奈為神社へ参拝をしてきました。

大神宮諸雑事記によると雄略22年(西暦478年)7月7日に伊勢へと遷座されました。
豊受大神は元々は丹波国(元々丹波と丹後は一つの国)の神様でありました。

この地には羽衣天女伝説があります。丹後国風土記逸文の書かれた最も古いと
される羽衣天女伝説ともう一つ峰山町大路に残る伝説と2つの伝説があります。
丹後国風土記に残る伝説は和佐奈翁という老夫婦が天女の羽衣を隠し、
子供が居ないから娘になってくれと一緒に暮らし、天女は万病に効く酒を
作り、それによって老夫婦はたいそう金持ちになりましたが、天女は追い出され
竹野郡の奈具の村へ辿り着き落ち着くことになります。

もうひ一つは峰山町の大路に残る三右衛門(さんねも)という狩人が
天女の羽衣を隠し、天女を嫁に娶り、三人の娘をもうけました。農業、養蚕、機織、
酒造りが上手く、村はたいそう豊かになりましたが天女はどうしても天に帰りたくて
娘たちに羽衣の隠し場所を聞き出し、天へ帰ろうとするときに三右衛門が帰ってきました。
その時に『7月7日に天で会いましょう』と言葉を残し天へ戻って行きました。
子孫にあたる家系は今でも続いており、家紋は丸に七夕ととても珍しい家紋です。

どちらの神社も御祭神は豊宇賀能売命(トヨウカノメノカミ)ということには変わりません。
豊受大神と 豊宇賀能売命は同一神として扱われています(僕は違うと思うのですが)
豊受大神が伊勢へ遷座される日と七夕の日が同じというのも何か関連性を感じますね。
豊受大神と 豊宇賀能売命が同一神として扱われる理由にもなってるんでしょうか?

そしてもう一つ気になるのが浦島伝説です。与謝郡伊根町の宇良神社の御祭神
浦島子は雄略22年7月に蓬莱山へ向かうと日本書紀に書かれているのと丹後国風土記逸文には
日にちは書かれていませんが雄略天皇の御世と書かれ、海中の大きな島(竜宮城?)へ行きます。
そこには8人の童子に迎えられます。彼らはすばるぼし(プレアデス)、あめふるぼし(ヒヤデス)
からやってきたと・・・。これも何か類似性といいますか関連性を感じますね。

丹後の歴史は謎だらけ・・・。(><)

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丹後と尾張

2015年6月24日 / 丹後の歴史, , 神社・歴史

最近、丹後では名古屋との交流が盛んに行われています。
そう、丹後弁と名古屋弁と言うのはそっくりなのです。丹後では
美味しいということを

『うみゃ~』?

と言います。エビフライも

『エビふりゃ~』

で意味は通じます。 こんな感じで類似する方言が沢山あるのです。
先日、京丹後市教育委員会からこんな本が発売されました。

京丹後市の方、一冊500円です。是非買って下さい。面白いですよ(^^)

丹後と尾張はルーツが同じなのです。?熱田神宮大宮司家の尾張氏は
丹後海部氏の流れを汲む同族です。(と思ってます)尾張には海部系の
氏族が多く分布していました。丹後に因む地名もあります。愛知県海部郡は
そのまんまですね。天火明命(籠神社祭神)を祀る神社も沢山あるそうです。

大和時代には尾張氏は尾張にいる海部系氏族を統括し塩や海産物を大和に
貢納していたそうです。

時は過ぎ室町~戦国時代。
室地幕府の四職家だった一色氏は丹後国の他にも三河、尾張、伊勢、若狭など
多くの国の守護職を務め、大きな勢力を誇っていました。伊勢湾、若狭湾の
制海権を完全に掌握していました。16世紀にはいると一色家の勢力範囲は
丹後国のみとなり弱体化が著しかったものの丹後の海賊衆はかなり強かったそうです。
当時、丹後は石川氏、伊賀氏、小倉氏の三奉行が三河から一色氏を
引っ張ってきて当主に据えたそうです。ずっと何らかの形で交流はあったんでしょうね。

丹後と尾張の関係はとても興味深いですね!

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鬼伝説と大名行列『美多良志荒神』

2015年6月23日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社, 神社・歴史

大江山の山中に仏性寺と居場所があります。鬼伝説と
密接な関わりのある場所です。二瀬川という美しい渓谷があります。
その川沿いに石畳の道があります。これは今のアスファルトの
舗装された道路ではなく昔の宮津街道にあたり、ココを宮津藩
京極家の大名が参勤交代に江戸へ向かった道になります。
ということはこの道を・・・

『大名と鬼が歩いていた!』

話によるとこの石畳は昔のままだとか
当時のものがそのまま残ってるなんていいですね~!

この道沿いに美多良志荒神があります。
荒々しい黒木鳥居です。

山肌には結構、ゴツゴツとした岩が目立ちます。
ココを暫く登って行くと

小さなお社があります。これは丹後の2番目の鬼伝説
麻呂子親王(聖徳太子の異母弟)が大江山へと鬼退治に
やってきます。 英胡、軽足、土熊という三匹の鬼に率いられた
鬼神たちは妖術を駆使し、麻呂子親王は攻めあぐねます。

すると・・・。額に鏡を付けた2匹の白犬が現れ、鏡で照らすと
鬼たちは姿を消すことが出来なくなってしまったそうだ。

神話でも絶体絶命のピンチにこういうお助けマンが
現れるパターンは結構有りますね。話はそれましたが
その鏡を祭ったのがこの神社と言われております。
闇を照らして光を与える神として信仰の厚いそうです。

少し離れたところにはこんなのがあります。
近くに源頼光が腰掛けた岩があるので酒天童子の
足跡とされてるんじゃないかと思います。

御祭神  白犬のご神鏡
京都府福知山市大江町仏性寺 ?  美多良志荒神

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新たな歴史の幕開け『篠村八幡宮』

2015年6月13日 / 丹後の歴史, 丹波の神社, 神社・歴史

京都縦貫道の篠ICから車で数分の所に
歴史のターニングポイントとなった場所があります。

篠村八幡宮。
そこは室町幕府初代将軍、足利尊氏が
鎌倉幕府倒幕の挙兵をした場所です。やはり戦の神が
祀られる神社を尊氏は選んだのかもしれません。
歴史も古く承久3年に源頼義が羽曳野にある誉田八幡宮から
勧請し創建したのが始まりです。誉田八幡宮は応神天皇陵の
すぐそばにあります。?

境内をずっと見回してみると境内社がありました。そこに気になる境内社が

最後の飛瀧峯社(ひろほうしゃ)の祭神はなんと鮭なんですよね!
恐らくこれは由良川流域に伝わる黄金の鮭伝説と関係していると思います。

大原神社には大原大神この地に御遷座の時、神社の前にある川淵の
そこに鮭が現れてこの地への遷座を願ったそうです。そして、
住み続け数千年、神体山を守り続けたそうです。

そして、大川神社の神は冠島から黄金の鮭に乗った神が右手に五穀の種、
左手に蚕携えてやってきたのです。

この2つの伝説は元は一つの話だったのかもしれません。
飛瀧峯社は大原神社にもありますので同じ丹波ですから、勧請されて
篠村八幡宮にやってきのかも?しれませんね。?

御祭神 誉田別尊
京都府亀岡市篠町篠八幡裏4  旧村社 篠村八幡宮

 

 

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何十年も住んでるのに知らない地元『八幡神社』

2015年6月10日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

八幡神社と言うのは日本全国あちゃこちゃにあります。京丹後市峰山町内ですら
確認しただけで4箇所あるんです。僕の個人的なイメージですが八幡神社は
応神天皇(誉田別命)が祀られる武運を祈願した神社です。
だから城跡などに多く建立されており登るのがしんどい・・・(;´∀`)そんなイメージが有ります。

僕が通ってた中学校の直ぐ側にも八幡神社があります。

この石段は恐怖の石段なんですよ。
クラブ活動でこの石段をうさぎ跳びをしたのですが
辛くとも登りは良いんです。

『普通、下りまでうさぎ跳びせんでしょ!((((;゚Д゚))))』?

石段は平らじゃなく微妙に沈んで下を向いてるから
余計に怖いんです。たまにしかしませんでしたがこの練習
一番嫌でした(><)今はうさぎ跳びなんてしないですよね。

見た感じはごく普通の神社なのですが辿ってきた歴史が面白いんですね。
かつて、この神社はもう少し高い位置にありました。(山から神社が下へ
降りてくる事はよくあります)その理由です。

恐らく、峯山藩の頃の話だと思います。ここは丹後三大賭場の一つで
素浪人の巣窟になっていました。それに困り、現在の場所へ神社を
降ろしてきた経緯があります。因みに他は網野町の川裾社、大江町の
河守神社だそうだ。

社殿の後ろに奥へと続く小道がありますがココをたどれば
恐らく、元宮のあった場所があると思います。 そしてこの場所は
八幡山古墳と言われ前方後円墳があります。これは鉄製品や勾玉を
作っていたであろう出土品が出ている扇谷遺跡(邪馬台国大研究様)の
すぐとなりになります。?

こういう話は地元の郷土史にお詳しい方じゃないと判らないような事です。
長年、この地に住んでいながら全然わからないんです(^^;もっともっとこういう事
知りたいですね。とても面白いですから!

 

御祭神 誉田別命

京都府京丹後市峰山町荒山七尾2   八幡神社

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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