カテゴリー「神社・歴史」の記事

もう立入る事の出来ない神域『真名井神社』

2014年3月2日 / 丹後の神社, 神社・歴史


丹後では知る人ぞ知る参拝者の絶えない神社です。
家族みんなで参拝してきました。(^^)

 

有名人もお忍びでやってくるそでう。ココに来れば
御神水を汲んでいらっしゃる方、参拝者、駐車スペース
には遠方のナンバーの車が停まっています。先程、地元
では知れたと書きましたがそんなレベルは超えているかも
しれませんね。

僕が初めてやってきた時、境内一番奥に祀られている
磐座(確か塩土老翁の石碑があり祀られてたと思います)
の周り梵字の書かれた小石が撒かれていたり、また
真名井ヶ原に入ってウロウロとする人がいたり、社殿の
屋根に登る人とかもいたとか…。

その結果が

本殿より奥には入れない様に玉垣が出来、また撮影禁止
になりました。残念ながらもう御神木や磐座を近くで見たり
撮影することは出来なくなりました。

残念な気持ちもありますが神域に入ってウロウロと出来る方が
不思議なくらいで玉垣を作り立ち入りが出来ないようにして
良かったような気がします。今では白い大きな玉砂利が敷かれ
まるで伊勢神宮の様になっています。そして、より霊験あらたか
な雰囲気も醸しだされたのではないでしょうか(^^)


さて、手すりの所に三つ巴の紋がついていますが真名井神社の
紋は六芒星です。一時期は表に出していたのですが三つ巴に
戻ってしまいました。この六芒星の紋は伊勢神宮の奥宮と言われる
伊雑宮(いぞうぐう)志摩国一宮もこの六芒星の紋だそうです。

真名井神社が阿吽の『あ』伊雑宮が阿吽の『ん』事の始まりと
終わりを表している関係性だとか…。そしてこの2つの神社を
直線で結ぶと伊勢の内宮、外宮も直線上にあります。そして
京都の貴船神社、鞍馬寺、京丹後市丹後町の竹野神社も並ぶとか。

さてはて、一体どういうことなんでしょうね??

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聖徳太子の異母弟が建てた『一宮神社』

2014年2月24日 / 丹波の神社, 神社・歴史

国道9号線で福知山の自衛隊駐屯地辺りを
通り過ぎる時、チラッと見えます。前々から
気になっていた神社です。

行ってみたら意外に大きな神社でして

立派な能舞台まであります。この能舞台を調べて
みると安政4年に朝暉神社境内に藩の普請方に
よって建立されたものを明治7年に一宮神社に
払い下げられ、一宮神社内に移築したそうです。
能舞台が払い下げられる事ってあるんですね(゚д゚)!

境内には摂社、末社が沢山あり、しかもシッカリと
した社殿ばかりです。

 

タイトルの通り、709年に聖徳太子の異母弟で
ある麻呂子親王によって建立されたという古社です。

麻呂子親王といえば大江山の鬼伝説、間人の立岩に
土熊と言われる鬼を閉じ込めた丹後の歴史と縁の深い
人物です。丹波~丹後に掛けて麻呂子親王に関わる
話は沢山残っています。

この地域は”宗部”(そが)と言われた地域です。
蘇我氏を連想させる地名です。蘇我氏といえば
聖徳太子を支援した大氏族ですから、この辺りは
当時、蘇我氏の影響下にあったのかもしれません。

日本の鬼の交流博物館のHPにこんな事が書かれています。

麻呂子親王伝説を書きとめた文献として、最古の
ものと考えられる「清園寺古縁起」には、麻呂子
親王は、十七才のとき二丹の大王の嗣子となった
とある。

ニ丹の大王の養子になったんでしょうか?ニ丹の大王とは
誰の事を指しているのでしょうか?”丹”と言うのは水銀を
指していて、製鉄に繋がるかと思います。麻呂子親王が丹後
のタタラ集(鬼とされた製鉄技術を持つ人達)を制圧して、
血縁を結び、新たな丹後の支配者となった。と言う事なの
でしょうか?

よく意味が分かりませんが麻呂子親王と言うのは謎の多い
人物のようですね。

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海部氏の流れを汲む『天照玉命神社』

2014年2月21日 / 丹波の神社, 神社・歴史

丹後の歴史を僕に教えてくれる先生の様な方に
ココは『一度は行ってきた方が良いよ。』とオススメ
していただいた神社です。一度目は下調べが不十分な
為、辿りつけず…。リベンジをしてきました。



海部氏勘注系図の第27世に海部直千嶋という人物が登場します。
丁度、この頃に丹波国が解体され丹後国が誕生する頃です。その時に
元々の海部氏の拠点であった久美浜の海士からどういう経緯かは
分かりませんが3つに分かれています。

千嶋には2人の弟があり千足と千成。千足は天照玉命神の祝となり
天田郡を治めていたそうです。ちなみに千成は舞鶴の笶原神社、
千嶋は宮津の籠神社です。

籠神社同様、主祭神は天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊です。
長ったらしいですが天火明命こと饒速日命になりますね(^^;

境内を散策していると面白いものを見つけました。



校倉造りの建物があるじゃないですか?

こんな社殿、珍しいですよね!気になって調べてみると
これは社殿ではなく『宝庫』近在では唯一のものらしく

とても貴重なものらしい。

境内の端にこんな磐座がありましたが
どんな神様が祀られているんでしょうかね?

御祭神  天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊

京都府福知山市今安961  天照玉命神社(あまてるたまのみことじんじゃ)

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松井康之の立身は丹後から始まった。『城山稲荷神社』

2014年2月19日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

僕の好きな神社めぐりですがじっくり巡ると
なるとなかなか時間がありません。なので
仕事など用事がある時にその近くの神社に
出来る限り参拝するようにしています。

が…。残念なことに今回は鳥居のみ(^^;
字の如く”城山”そう、山城跡に建立されている
神社なのです。なので登っている時間が無い
ので今回は残念ながら断念…(T_T)

先程、山城と書きましたがここは『松倉城(久美浜城』
という丹後一色家の熊野郡の拠点でありました。1582年
織田信長の命を受けた細川藤孝による丹後侵攻が始まりました。

ウィキペディア:松井康之より

その時に松井康之は松倉周防守が守るこの松倉城を
攻め落としています。のちに細川藤孝に久美浜の地に
1万3000石の知行を与えられ細川家家老となります。

それからの出世は目覚ましく武将として名を馳せ、
主君の細川藤孝や忠興に認められるのではなく
豊臣秀吉や徳川家康の信頼も大変厚かったようです。

最終的には2万8000石、熊本藩筆頭家老家となり一国
一城の唯一の例外として八代城主として封じられました。

その立身の始まりはここ久美浜の松倉城から始まったと
言っても過言ではないかと思います。今回は登城出来ません
でしたが次回は松井康之が見たであろう、久美浜の海と
町並みを眺めてみたいものです。

場所も分かりやすく久美浜小学校の裏山です。遠くから
でも山の中腹に朱塗りの鳥居が見えます。お時間が
御座いましたら歴史を偲び、久美浜の美しい景色を
お楽しみ下さい。(^^)

京都府京丹後市久美浜町  城山稲荷神社(松倉城跡)

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丹波国の中にある出雲『出雲大神宮』

2014年2月16日 / 丹波の神社, 神社・歴史

この神社は京都の帰りにわざわざ寄りたくなる所。
時間が無くて寄れませんでしたがこの近くには
愛宕神社の元宮と言われる出雲大神宮とひけを
とらないくらいに神秘的なところもあります。

昔々、1300年昔は丹後国と丹後国は同じ国でした。
まだひとまとまりの丹波国だった頃、西は但馬、
東は若狭、南は丹波と大きな国だったんです。
JR嵯峨野線に丹波口という駅がありますがあの
辺りも丹波国だったのかもしれませんね。

一般的には出雲大社(杵築大社)より勧請されたと
なっていますが”出雲”と名乗っていたのはこちらの方が
古く、社伝には出雲大社が出雲大神宮より勧請されたと
されており”元出雲”とも呼ばれています。どちらが”元”
なのかは分かりませんが社名表は出雲大社の元宮司の手に
よって書かれたものだそうで関係は良好なのでしょうね。

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ただし社伝では逆に、出雲大社の方が当社より勧請を受けたとし、
「元出雲」の通称がある。社伝では、『丹波国風土記』逸文として
「元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す」
の記述があるとする[2](ただし、社伝で主張するのみでその逸文も不詳)。

出雲大神宮:Wikipediaより抜粋
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さて、一つ気になった発見は

ただの奉納された鳥居かと思ったのですが

『亀岡城 縁乃会』

亀岡城と言えば出口王仁三郎の大本教の聖地。
出雲大神宮の主祭神は大国主大神ですが後ろに
そびえる神体山の御蔭山は国之常立神(神話の根源神)
が祀られています。(元々の信仰の対象はこの山?)

大本教の御祭神は国之常立神です。ひょっとして
この鳥居を奉納されたのは大本教の信者さんかな?
なんて思ったりしました。何か深い縁があるのかも?

ココへ来ると本殿で参拝を済ませた後にまずはここ。そして

まるで天に登っていく白龍の様ですね。

この辺りには710年前後創建の古い神社が集中
している地域です。じっくり巡れば面白いと思います。

御祭神(主祭神)大国主命、三穂津姫命(大国主の后)

京都府亀岡市千歳町千歳出雲   丹波国一宮 出雲大神宮

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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