カテゴリー「神社・歴史」の記事

天に向かう八岐の龍『霧宮神社』

2014年3月22日 / 丹後の神社, 神社・歴史

京丹後市大宮町に五十河(いかが)という集落が
あります。ここにビックリするような御神木がある
神社があります。

環境省巨樹巨木林データベース(そんなのがあるのにもビックリ)
にも登録されているそうです。単に大きさだけの話であれば
もっと大きな御神木があるかと思いますがこの杉が凄いことろは

複数に枝分かれしている所です。『八岐杉』と呼ばれる
くらいですから8本に分かれているのでしょうね?
(確認するのを忘れていて数えてないんです(^^;)

丹後の神社にも立派な御神木は沢山ありますがその
中でもこれはかなり凄いと思います。僕はこれを
見た時に素盞鳴尊がヤマタノオロチを退治するくだりを
思い出しました。御神木フェチの方がいらしたら是非
見て頂きたいと思います。


境内の中には三柱神社があります。この神社は元々、
ココから3km程奥に昔、『内山』という集落があり、
そこに鎮座しておりました。残念ながら今は廃村に
なってしまいましたが豊かな自然が残る素晴らしい
場所です。(内山のブナ林が有名です)その内山という
集落には五十日真黒人と言う長者が住んでたと言う
長者屋敷跡があるらしい。そこに雄略天皇に命を狙われ、
丹後に逃げてきた億計・弘計の二王子(後の顕宗天皇・
仁賢天皇)が匿われていたという伝説があります。
もっと暖かくなれば長者屋敷跡へリサーチに行って
みたいと思います。

話は霧宮神社から脱線しましたがこの霧宮神社には
丹後ではあまり祀られていない神が祀られています。
古事記の神産みにおいて伊邪那美命・伊邪那岐命の
間に生まれた風の神、志那都比古神(シナツヒコノカミ)
と志那都比売神(シナツヒメノカミ)。

風とくると鍛冶を想像してしまいます。製鉄には
風が必要です。高尾山の麓の集落ですから薪は
たくさんあるでしょうから、この辺りにもそう言った
伝承や遺跡などがあるのかもしれませんね。想像ですが

御祭神 級長津彦命、級長津姫命

京都府京丹後市大宮町五十河小字背戸道  霧宮神社(村社)


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クッキリと石室が残る知られざる古墳『新戸古墳』

2014年3月19日 / 丹後の古墳・史跡, 神社・歴史

以前より、丹後の歴史に詳しいお友達から
面白い古墳があるよ!と『新戸(しんど)古墳』
を教えて頂いていたのですが半年ほど前に
登った時は何処にあるのか見つけることが
出来ず、今日が二度目のトライアルです!

立て看板がありますのでこの辺りにある事は
解るのです。小山自体が古墳なのでしょう。
でもその古墳のどの位置に石室があるのかが
分かりません。竹に服を引っ掛けながら探し
回ること15分。やっと発見!!

萌え萌えです(? _?)

いや~!テンションが上がります!
中にも十分に入れそうなので入ってみると

石組みもしっかりしてます!

僕が小学生だったら絶対に秘密基地に
してますね!ガスコンロ持ち込んで
湯を沸かし、カップラーメンを食べて。
あと、寝袋を持ち込むのもありかな!
焚き火もしたいなぁ…。と思ってるだろうな(^^;

暗いのでフラッシュで撮影してみると
なんと石棚があります。どうもここが
祭壇だったそうです。

奥行きは3mくらいしょうか?これだけ
立派で綺麗な状態で残っていても羨道(えんどう)と
言われる石室と入り口を結ぶトンネルのような部分の
大半は破壊されている様です。

この石室は丹後最大級の巨石横穴式石室で
雲珠、轡鏡板、切子玉、管玉、勾玉、金銀環などが
見つかっている。きっと特別な人物が埋葬されている
のでしょうね!

京都府京丹後市大宮町奥大野 新戸古墳(前方後円墳)

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女王が眠る丘『大谷古墳』

2014年3月14日 / 丹後の古墳・史跡, 神社・歴史

京都府京丹後市大宮町のとある丘から 

『40代の女性の白骨死体が発見された…』

じ、事件ですよ!!と言うわけではなく
この女性の骨は昔々、丹後のこの地域を
収めていたであろう女王の骨です。

谷内の集落を見下ろすかの様な場所に建っています。
残念ながらも元の古墳は造成されたため残って
おりませんが女性の骨が見つかった石棺は残っています。

あらま!かなり小さい石棺ですね(^^;幅3~40cmといった
ところでしょうか?40代女性と言うよりももっと幼い女の子が
入ってたんじゃないか?と思うくらいの大きさです。昔の人と
いうのは今よりもかなり体格が小さかったのでしょうか?

この古墳が発見された時、一躍、話題になりました。
と言うのが権力者の象徴である三種の神器(鏡・珠・剣)が
見つかったのです。これは全国的にも数例しかないそうで
竹野川上流域を治めていた女王だそうだ。

同じく大宮町の大宮売神社、その周辺では古代弥生時代頃の
遺跡などが見つかっています。祀られている大宮売神も
そこで祭祀を行っていたであろうと言われています。ひょっと
したら大谷古墳で見つかった女性の骨は大宮売神??

京都府京丹後市大宮町谷内字大谷?   大谷古墳(大谷古墳公園)

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丹後屈指の古社!『竹野神社』

2014年3月8日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

雪がちらつく中、仕事の合間に参拝してきました。
初詣依頼今年2回目の参拝になります。

この竹野神社は丹後の中でも屈指の古社です。
この木々がかぶさるように参道を覆います。

ココが一番、竹野神社で好きな場所で趣も感じます(^^)

丹後でよく見かけるタイプの狛犬です。
出雲丹後の『構え獅子』と呼ばれる形ですね。

丹後半島の竹野川流域の神社では豊受大神が主祭神
として祀られることが多いのですがココ竹野神社は
天照大御神です。天照大御神が祀られている理由は
開化天皇の后だった竹野媛(大県主由碁理の娘)が
晩年、天照大御神を祀ったのが始まりと言い伝え
られています。(鬼退治伝説の麻呂子親王とも)

面白いサイトがありましたのでリンクさせて頂きました。

勘注系図より建諸隅命(たけもろずみのみこと)

以下リンク先より一部抜粋させて頂きますと

『勘注系図』はこの竹野媛の父親である由碁理を
建諸隅命とするのである。 開化の妃になった竹野姫が、
丹波の大縣主由碁理の娘であるということは、『古事記』が
伝えるところである。 だとすれば丹波の支配者の系譜に、
由碁理が登場したとしても不思議はない。またこの
建諸隅命は開化に仕えたとするから、開化時代の人である。
『勘注系図』の注記は開化の時代に、丹波国の丹波郡
(たんばのこおり)と余社郡(よさのこおり)を割いて、
竹野姫の屯倉(みやけ)を置い たとする。そして建諸隅命は
開化に仕えたとする。 建諸隅のまたの名を竹野別といい、
後に竹野が郡(こおり)の名前になったとする。和名抄に
記載される竹野郡(たかのこおり)は、現在の京丹後市
網野町、弥栄町、丹後町あたりでその中心は丹後町とされる。
ここは由碁理が国府を置いたと言う伝承を持つ。 開化の
妃に成った竹野媛(竹野姫)というその名前は、竹野別
(たけのわけ)という父親の名に由来するものである。
この竹野姫のもとの名は天豊姫である。建諸隅命
(たけもろずみのみこと)の又の名は由碁理(ゆごり)である。

『古事記』第九代、開化天皇記より 若倭根子日子大毘毘命
坐春日之伊邪河宮 治天下也  此天皇 娶旦波之大縣主
名由碁理之女 竹野比賣

 

勘注系図と古事記に記載される事を元にすると開化天皇の妃
だった竹野媛の父は丹波大県主由碁理であり、丹波大県主由碁理は
建諸隅命である。建諸隅命は開化天皇に使えていた。竹野媛の
元々の名は天豊姫であり、そして天豊姫はまた”台与”であると
いう説もあります。

この時代、丹波は相当な力を持っていたはずです。しかし、
歴史舞台から消されてしまったかのように残念なことに
丹後の繁栄は語られる事がありませんよね…。

ちゃんと勉強していないと調べても理解しきれず難しいですね(><)

そうそう!竹野神社にて3月23日に行われる初午祭があります。
面白いイベントもあるようですので皆さんも是非、行ってみて下さい(^^)

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御祭神 天照大御神 (斎宮:竹野媛命、 建豊波豆羅和氣命、日子坐王命)

京都府京丹後市丹後町宮宮ノ谷245 竹野神社

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源頼光が戦勝祈願をした神社『御勝八幡神社』

2014年3月6日 / 丹波の神社, 神社・歴史


この神社の創建は899年と古く地域の
総社として
栄えていたそうですが詳しいことはよく分かりません。

面白いのは頭に”御勝”と付いていることです。これは
源頼光が大江山の酒呑童子(鬼)を退治に行く時(900年)に
ここへ立ち寄り、戦勝祈願する事37日間。その加護によって
戦は大勝したそうです。

そして帰路の途中、ここへ立ち寄り大勝の報告をし
ご神徳を讃え、”御勝”と付けたそうです。社伝として
もっと面白い話があるんだと思いますがよくわかりません。
ご存知の方がいらしたら教えて下さい。

この近辺には源頼光や酒天童子に纏わる伝説や場所が沢山
あります。いろいろと巡ってみると面白いと思いますよ(^^)

ちなみに写真は一昨年の夏の撮影です(^^;今じゃありません。

御祭神 誉田別命(応神天皇)

京都府福知山市上野条204-1   御勝八幡神社

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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