カテゴリー「丹後の歴史」の記事

久しぶりの参拝

2017年2月20日 / 丹後の歴史, 神社・歴史

雪深く、山の裾に建てられてることが多い神社へは
暫く足が遠のいておりました(^^;

2020

 

慶徳院への入り口からみた磯砂山は美しい
雪化粧となっておりました。昨日の積雪は久しぶりでしたが
そんなには積もりませんでした。

 

この慶徳院という天龍寺派の寺院は円山派の絵師
長沢芦州の襖絵で有名な寺院です。同じ街に住みながら
まだ、一度も行ったことが無いのですが・・・。

 

奥に見える山は磯砂山、羽衣天女伝説の地です。
この山には女池という池がありこの池に8人の天女が
舞い降り水浴びをしていたという伝承が残る。
また、女池に対して男池と言う不思議な池があり
とある著書で戦前までは何故か宮内省の管理地だったとか

 

 

どちらの池にも行ったことがないので一度は見てみたい
と思いますが男池の場所は知ってる人は殆どいないらしい。

 

 

2021

 

この日の比沼麻奈爲神社の参拝は僕が一番乗りの様でした。( ̄ー ̄)ニヤリ
僕みたいなのが1番でごめんなさい。いつもの先客である鹿の足跡もありません。

 

『サクッ!サクッ!』と新雪を踏むと背筋が伸びるような気分です。

 

 

 

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狛犬の本

2017年2月1日 / 丹後の歴史, , 神社・歴史

1993

 

地元の先輩のご厚意で地元の神社に祀られている狛犬を調べた
刷子を見せて頂く機会に恵まれました。

 

僕は足繁く、神社へは通っておりますが神社建築や狛犬のことは
よくわしりません。(他の事もですが(^^;)

 

神社の狛犬に刻みこまれている年代が最も古いのが
大宮町の延利にある高森神社(藤森神社と書かれてますが高森神社
の事を指していると思います)にあったものだそうです。
今は大宮売神社にあるそうです。恐らく、同じ大宮町ですので
兼務社として高森神社を管理をされてる事が縁だと思われます。

 

大宮売神社にある京都府指定文化財の石灯籠が徳治2年と言われていますので
年代的はそんなに離れていません。丹後の中では籠神社の狛犬が
鎌倉期の様なので次に古いのか?

 

狛犬もちゃんと調べて学べば結構面白いかもしれませんね!( ̄ー ̄)ニヤリ

 

 

 

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『かつての栄華は・・・』上山寺と三社権現社

2017年1月28日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の歴史, 神社・歴史

以前からずっと行かなくてはと思いながらなかなか足を運べなかった
丹後町宇川にあるの吉野の里をずーっと奥に登り上山の集落にある寺院

 

1985

 

真言宗上山寺。寺院前が土砂崩れをお越しましたが
今はきれいに整備されています。

 

1986

 

この寺院は今でこそ本堂の一部のみが残るだけのかつての栄華は
感じられない状況になっています。

 

1988

 

詳しいことは解りませんが今は廃寺になっているのでしょうか?

 

この寺院は丹後の中でも相当古いもので天応元年(781年)に
奈良時代末期に隠岐国から来た佐々木隠岐守弘成によって建立されました。
隠岐で佐々木氏といえば丹後国の守護に任じられた京極家と
同じ流れをくむ近江佐々木氏が元で承久の乱の功績により
出雲と隠岐の2カ国の守護に任じられたのが隠岐の佐々木氏の
始まりなのでこの佐々木隠岐守とは年代がずれてしまいますので
同じ佐々木氏ではないのでしょうか?

 

この佐々木隠岐守弘成によって建立された上山寺は
大きく発展し28坊もあり、上山という集落は恐らく門前町として
相当栄えたのではないかと思います。

 

現在はこの本堂の一部と石塔

1987

 

そして、三社権現社を残すのみとなりました。

 

1989

 

残念ながら、覆屋に鍵がかかっており本殿へ参拝することは出来ませんでした。

 

その当時の栄華をタイムスリップして覗いてみたいものです。
残念ながら今はそれを感じさせるものはありません。丹後には巨大寺院が
沢山ありましたが細川忠興の丹後攻め、その後の真言倒し(1593年)に
真言宗四十八ヵ寺を廃し、僧侶を追放しています。それらによって
衰退していきました。この上山寺はその時に寺領を召し上げられたことが
衰退の原因だとか・・・。

 

京都府京丹後市丹後町上山小字城  上山寺

 

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邪馬台国が丹後にあったという人は殆どいない

2017年1月21日 / 丹後の歴史,

殆どいないと思います。そんな本も見たことありませんが・・・。

1968

 

こういう事を書いてくれると丹後の人間として嬉しいですね(^^)
まだ読んでいませんがなんかワクワクしてます。ちょっとだけちら見を
してみると竹野媛は醜いから返されたのではない!とのタイトルが。
竹野媛は2人いて垂仁天皇の后として嫁いだが醜いので追い返されて乙訓郡で
自殺してしまう竹野媛と開化天皇の后で晩年故郷に帰り
天照大御神を祀ったとするのが竹野神社とされる竹野媛がいます。
古事記と日本書紀に書かれてることがどうも混同しててややこしい。
追い返された竹野媛もホントは返されたのかどうか・・・古事記に
出て来る磐長姫も醜さが故に追い返されたとありますが果たして
ホントに醜いことが原因なのか?ホントは別の所にわけがありそうですが・・・

 

後者の竹野媛は卑弥呼亡き後の男王が建てられた
再び国が乱れる倭国大乱が起こる。台与という
女性を立てると争いが収まった言われています。
その女性が竹野媛ではないかという説があります。

 

丹後の人間として丹後が邪馬台国なら実の面白いのですね。(´艸`)
真実は一体何なのでしょうか?僕には知識が乏しいので想像さえ
付きませんが。。。。

 

 

 

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天女の行き着いた場所『奈具神社』

2016年9月27日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

丹後には可能性の濃い薄いは別として元伊勢伝承地というのが
10ヶ所近くあります。そのうちの1つ奈具神社へ行ってきました。

 

1793

 

見た感じ、ここが元伊勢?とも思えるかもしれませんが歴史的には
重要な神社になります。丹後国風土記に『比治真奈井 奈具社』という項が
あり、それが日本最古の羽衣伝説の所以です。

 

1795

 

神社の案内板。

奈具社の祭神である豊宇賀能売命は天女であり
その天女がどんな神でどういう経緯で奈具へやってきたかが書かれている
天女伝説と言うよりもむしろ奈具社に祀られる御祭神の話です。

老夫婦に追い出された天女はこの村を安住の地としここで終焉を迎え
村人によって御祭神として祀らました。

 

1796

 

奈具社は中世(1443年)に大洪水より流されてしまい村も壊滅的な被害を
受けてしまいました。村も廃村になったと言われています。その後、再建されたのが
この奈具神社です。

 

御祭神:豊宇賀能売神
京都府京丹後市弥栄町船木273 式内社 奈具神社

 

 

 

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM9:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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