カテゴリー「丹後の神社」の記事

『心の鍵を開かもしれない?』鍵守神社

2014年11月30日 / 丹後の神社, 日々の話, 神社・歴史

この神社は地元の人じゃないとなかなか
解らない神社です。宮津に住んでいらっしゃる方でも
ご存知でない方もいらっしゃいます。幹線道路からも
離れており集落のどんつきにありますので気づきません。

この神社は僕の好きな丹後の神社ベスト10に入ります(^^)

今まで秋に参拝をしたことがなかったのですが
まさかイチョウの絨毯に出会えるとは!(*´艸`*)
嬉しいじゃ!あ~りませんか!これは感動的!


この神社の一番の特徴といえばなんたって磐座!
素晴らしいです。少し前までは岩にはコケが生え緑々
しておりましたが今は綺麗になりしめ縄が張られ
神域となっております。

ココの主祭神は天手力男神(アマノタヂカラオノカミ)です。
天の岩戸開きで重要な役割を果たす神様です。

天照大御神が天の岩戸にお隠れになり、天高原も葦原中津国も
真っ暗になってしまった…

困った神々は思金神(オモイカネノカミ)の案により天照大御神を
天の岩戸から引張り出すことにしました。その時、天手力男神は
天岩戸の陰に隠れました。

天の岩戸の前で天宇受売神(アメノウズメノカミ)が
楽しそうにまい八百万の神々の楽しげな笑い声が聞こえると
気になって少し扉を開け覗きました。そこに手をガッと手を
突っ込み、天照大御神を引っ張りだしたた神様です。

社殿の隣にある磐座はまるで天の岩戸開きを示唆しているかの
ような気がしてきます。以前、氏子さんからお聞きしたのですが
この磐座が割れた時に中から金鶏が飛び立ったという言い伝えが
あるそうです。

鶏も天の岩戸開きに関わる神の使いで伊勢の外宮に行けば
境内で白い鶏が放し飼いにされています。天の岩戸開きの時に
夜明けを意味する長鳴きをしました。夜が明けて明るくなったと
天照大御神を勘違いさせる事が目的だったのでしょうかね。

これらのことを考えると何かこの神社に深い意味があるんじゃ
ないのかな?と思ったりします。また、天橋立にある知恩寺の
奥宮ではないかとも言われております…。

由緒や歴史的なことはハッキリとはしませんが個人的に
思っていることは”鍵”を”守”神社ですからココへ来るのは”心の
鍵を開く場所”そんな神社じゃないのかな?と勝手に思って
僕のパワースポットにしております。(笑)

御祭神 天手力男神
京都府宮津市字波路小字ヒチヨリ230番  鍵守神社

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秋の絶景『乙女神社』

2014年11月28日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

峰山町と久美浜町の境に比治山トンネルがありますが
峰山町川の手前から山の手に入って行くと大路という集落があります。
そこに乙女神社という紅葉が綺麗な神社があります。
この時期になると紅葉を見に訪れる方も多くなります。

いや~紅葉を楽しませてくれる神社です(^^)
なんやかんやとこの時期には毎年来ているような気がします。

主祭神の豊宇賀能賣神は豊受大神と同一神とも言われますが
比治山に舞い降りた天女のうちの1人とされています。
丹後風土記逸文には日本最古の羽衣伝説には記載されています。

その話は和奈佐(わなさ)老夫婦が水浴びをしている天女の
羽衣を奪い、天女は天に帰る事が出来なくなり老夫婦の娘となる。
天女は酒造り、機織りに精を出し老夫婦は裕福になるが
実の娘ではないと天女を追い出し、天女は彷徨う…。と言うのが
風土記逸文のお話ですがこれとは別に もう一つ羽衣伝説があります。

その話を要約すると…

昔、比治の里に住んでいた三右衛門(さんねも)という猟師がいて
水浴びをしていた8人の天女のうちの1人の羽衣を隠してしまった。
三右衛門は天に帰れなくなったその天女を家へ連れた帰り、妻とし
3人の娘をもうけた。天女は農業・機織り・酒造りが上手く三右衛門の
家だけではなく比治の里が豊かになった。しかし、天が恋しくなり
3人に羽衣を隠した場所を聞き出し、3人の娘を残して天に帰えろうと
した時に三右衛門に合った。その時に天女は『毎年7月7日に合いましょう』
と約束をし毎年この日には三右衛門と3人の娘に会いに来るそです…

これって、七夕のお話ですよね。この伝説の伝わる安達家の
家紋は”丸に七夕”というとてもめずらしい紋です。

この7月7日、宇良神社の御祭神である浦嶋子(浦島太郎)は宇良神社に
伝わる浦島物語(日本書紀の雄略記に記載))には雄略22年7月に浦嶋子は
釣り上げた亀が女性に変身し、その女性を娶る。そして2人は蓬莱山へ
赴くとあります。

そして、豊受大神が同じ雄略22年に豊受大神は 丹波の国から天照大御神に
呼び寄せられて宇治山田へ行きます。 同じ雄略22年にです。

これらの話は全く別の話とは考えにくく、1つに繋がっているように
思います。これらの伝説がなんなのかが判れば丹後の知られざる歴史も
クリアになってくるんじゃないか?と思うのですが…。僕の妄想です(笑)

御祭神 豊宇賀能賣神
京都府京丹後市峰山町鱒留蛭子堂433  乙女神社

 

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『浪人の隠れ家』朝日神社

2014年11月24日 / 丹後の神社, 神社・歴史

豊岡の帰りに湯舟坂2号墳に寄ろうとして
見つけることが出来ず…細い府道を抜けて
久美浜の尉ヶ畑に寄ってみました。

尉ヶ畑の集落の但東町へ抜ける道沿いに
朝日公園内に朝日神社と言う面白い神社があります。

この奥のお社が朝日神社になります。
お社というよりも御神体をお守りする覆屋と
言った方が良いかと思います。鳥居もなければ
鈴もありません。

大きな花崗岩(約4m)に大日如来像が彫られています。
御神体はこの磐座(像)になります。公園には綺麗な水の
流れる川もありこのような岩がゴロゴロしています。

この花崗岩がこの地域に富をもたらしていたのでしょう。
古来、製鉄の原料は砂鉄でした。花崗岩からは良質の砂鉄を
採ることが出来るそうだ。この辺りには製鉄所跡と思われる
遺跡が3箇所あり、旧佐濃村内と場所が集中しています。
この辺りは古代において製鉄が盛んに行われていたのでしょう。

丹後は鉄だらけです。

さて、タイトルの『浪人の隠れ家』ですが

尉ヶ畑という集落は但馬と丹後の境になります。
豊臣家が滅び、徳川軍から逃れるようにして丹後へ
落ち延びてきたのでしょう。

丹後は昔から都から逃れるには絶好の場所らしく、
古くは間人皇后、平家の落人、織田信長に追い詰められた
僧侶など…。丹後は近くて隠れやすい地なのです。

余談ですが最近は女性の願いを叶えると言われ
密かなパワースポットになっているそうです…。

御祭神 冠石大権現(養蚕の守護神)
京都府京丹後市久美浜町尉ヶ畑  朝日神社

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Gamada Hidemasa

 

睡眠や寝具の事はプロの目線で、丹後の神社や
歴史の事はよく理解せず書き綴っております。
寝具製作技能士、上級睡眠健康指導士
羽毛診断士(ダウンプロフェッサー)等の
資格を持ってます。お気軽にご相談下さい。
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