カテゴリー「丹後の神社」の記事

『赤ちゃんの初土俵入り』山王宮日吉神社

2015年1月24日 / 丹後の神社, 神社・歴史

毎年、体育の日になれば必ずテレビのニュースを賑わすのが
山王宮日吉神社の『初土俵入り』相撲とはスポーツではなく
神事です。初土俵は目に見えない神様と相撲を取る事だそうだ。

実際に取られているかどうかはわかりませんが丹後の神社でも
土俵をちょくちょく見かける事があります。

土俵に掲げられた案内板に書かれていたのですが初土俵の祭礼は
杉末神社の祭礼だそうで。この杉末神社というのは延喜式神名帳に
記載される式内社としては宮津市街地辺りでは唯一にな古社です。

今は山王宮日吉神社の摂社として小ぢんまりとお社が建っていますが
丹後州宮津府志によると敏達天皇元年(538年)に大和の三輪山より
与謝郡の杉末に降った。今は山王社の傍らに摂社としてあるが元は
杉末神社を祀っていた地だと書かれています。降ったというのは
恐らく、大物主命のことでしょうね。山王宮よりも杉末神社の方が
文献通りだとすれば古いことになります。

山王宮日吉神社は境内の真ん中に

拝殿は銅葺きですが本殿は茅葺きでとても立派です(^^)

拝殿の”武神”の文字お見事ですね!
この神社の主祭神は大己貴命。この神様は大国主命が
もっとも有名な名ですがたくさんの名前を持ちます。その1つに
八千矛命(ヤチホコノミコト)矛は武力の象徴であり武神として
の性格を表しています。

山王宮日吉神社と隣り合わせに如願寺があります。




素晴らしい本堂です。如願寺が鎮守として近江坂本の日吉大社から
山王権現を勧請したとする説があり、その後山王社の勢いが増し、
杉末神社が追いやられたとも…。山王権現は天台宗と神道が
結びついたものですが如願寺は真言宗なのはなぜでしょ?

その後、明治期の神仏分離により、山王社は日吉神社と名前を改め
仏教色は排されましたが山王社の名は今までずっと残っております。

御祭神 大山咋神、大己貴神
京都府宮津市宮町1376  宮津山王宮日吉神社

 

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『心和む光景』和貴宮神社

2015年1月22日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

宮津の街なかに佇む和貴宮神社へ
久しぶりに参拝に行ってきました。

そこには心和む光景が

子供たちの自転車があるじゃありませんか?
僕らが小学校低学年の頃はよく外で遊びました。
近くの神社の境内が遊び場でこんな感じに自転車を
停めて遊んでた事を思い出しました。

今から思うとファミコンの登場とともに
こういう事をあまりしなくなったような…。
今の子供達の外遊び事情はどうなのでしょうか?

本殿の隣には大きな磐座があります。
磐座フェチの僕にとっては萌え萌えですね(*^^*)
これは和貴宮神社の御神体です。

これは波越磐と言われ和貴宮神社の社殿が建立された
当時、ココが海岸線だったんです。今は埋め立てもあり
ミップルが海岸線ですが当時はココが海岸線だったわけです。

和貴宮神社にはたくさんの御祭神が祀られています。しかも
大物が多いです。それは何故だろうと思っておりましたが
それは丹後国一宮籠神社の総社だからですね。

丹後国一宮別宮総社とあります。だから別名『分宮神社』
それが和貴宮神社となったんでしょうね。以前、ある方に
教えてもらったのですが国司が派遣されてやってくる時、
一宮、二宮…と国内の神社を全て詣でていたそうです。
しかし、それを回るのは結構な労力。なのでその国の主要な
神様を集めて国府の近くに祀っているのが総社だそうです。
と考えたたら波越磐があるのも解る様な気がします。
船で横付けして参拝できます(^^;

あと一つ気になるのが最後の我野姫命(カヤノヒメノミコト)
伊邪那美命と伊邪那岐命との間にうまれ草(萱)の神、とされますが
イマイチ誰ピンときません。この我野姫命との関係性も…。
以前、参拝した時に宮司さんに教えていただいたのですが神社に
残る書物によると神社はこの地へ遷宮してきたそうで歴史は500年代に遡るとか。

ハッキリとしていないのですが与謝郡には延喜式神名帳に
記載される式内社に吾野神社と言うのがありますがこれが
何処なのかがハッキリとしない…。同名の神社は加悦町の
天満神社に摂社として吾野神社があります。その祭神に…。

我野姫命がいるわけです。元を辿れば加悦に繋がりそうですね。
もっと辿れば朝鮮半島の古代国家『伽耶』からやってきた姫かも
しれません…。

さてこの和貴宮神社はいったいどんな神社なのでしょう。
単に総社だけとは考えにくいですよね。面白い神社です。
そうそう、御朱印も頂くことが出来る神社なので是非、
頂いて下さい。ダイナミックなたくましい字です(^^)

御祭神:豊受毘売神、國常立尊、天水分神、天照大神、伊邪那岐神、伊邪那美神 、天御中主神、海津見命、猿田彦神、我野姫命

京都府宮津市宮本428  丹後国分宮総社 和貴宮神社

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『雪景色の神体山』元伊勢皇大神社~天岩戸神社と日室ヶ嶽遥拝所

2015年1月5日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社, 神社・歴史

皆様は初詣に行かれたでしょうか?
僕は毎年のことですが丹後の神社を行き倒します( ̄ー ̄)ニヤリ

ここ数年に必ず行くのは丹後一宮籠神社
元伊勢皇大神社へはほぼ行っております。今年の
三ヶ日は大雪だったせいかどこも例年よりもちょっと
参拝者が少ないようですね。


元伊勢皇大神社もなかなかの積雪量ですから
参拝が終わればそのまま参道を引き返すのですが
ここまで来たらそうは行きません!天岩戸神社へ
行かないと収まりがつかないじゃないですか


でもさすがにこんな日ですからみんな
来てないですね(笑)でも、こんな日に
わざわざ参拝すると神様はご褒美をくれます(^^)

雪化粧の美しい日室ヶ嶽!
綺麗なピラミッド型をした崇敬の厚い神体山です。
頂上には人工的に作られたような磐座があり
UFOがよく目撃されるとも言われる不思議な山です。

別名”岩戸山”と言われ天岩戸神社のご神体山で
天照大御神が最初に降臨した場所とも言われる
神域ですから禁足地になっています。
(ただし西側から登ることは可能だそうです)

こんなに綺麗な日室ヶ嶽を見られるなんて嬉しいですね。(^^)

そして天岩戸神社へと向かうと
氏子さん達が迎える準備をして待っててくれる
じゃありませんか!こんなに雪がふるのに綺麗にすかして。

とても神秘的な雰囲気が漂います。
以前から気になってたのですが天岩戸神社の岩戸は
一体何処にあるのか?火の番をしていらした
氏子さんに教えてもらいました。

天岩戸神社の脇を流れる五十鈴川の一番奥、
天岩戸神社の向かいはこんな池の様な感じに
なっています。この日は雪で滑って危ないので
社殿まで参拝はしておりませんがそこまで登れば
この奥に川を塞ぐような感じで大きな磐が
鎮座しているそうです。これが天岩戸だとか?

今度行く時には写真に収めてきたいと思います。

※この辺りは人里が近い場所にもかかわらず原生林が
のこり、岩場には絶滅危惧植物が岩場などにも多数生息し
学術的にも大変貴重な場所です。草木一本、石ころ1つ
持ち帰っては行けません。
これも神域として長きに渡り
大切にされてきたからではないでしょうか?

御祭神 櫛岩窓戸命、豊岩窓戸命
京都府福知山市大江町佛性寺字日浦ケ嶽206-1 天岩戸神社

御祭神 天照大御神
京都府福知山市大江町内宮字宮山217   元伊勢皇大神社

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悲しみの別れ『菊岡神社』

2014年12月6日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

丹後の戦国時代のお話。

丹後は室町幕府の要職に付いていた一色氏が
治めておりました。その一色氏は織田信長の命に
より細川幽斎が侵攻してきました。

しかし、中々一筋縄でいかない一色義俊。
徹底抗戦をします。そして最終的には和議となり
丹後は細川氏と一色氏の分国統治となりました。

その時に細川家から細川幽斎の娘、伊也(菊姫)が
一色義俊の元へと嫁ぎました。暫くの間は
平穏無事に時が過ぎましたがきな臭い戦国の世。

一色義俊を宮津城へ呼び出し、そのまま斬りつけ
殺してしまいました…。一色家滅亡。

居城である弓木城は落ち、身を隠しながら夫、義俊の
菩提を弔っていたが意を決して兄のいる城を訪れるも
不在であり、敵方の姫と言う事で留守居の家臣に
より追い返されてしまう…。

そしてこの地で自害をしてしまう。。。


と一色軍記ではこの地で命を断ったありますが
史実では京都の吉田神社へ嫁ぎ、長命だったとか。

ちなみにココは京都府のアベオオサンショウオ
生息地でもあります。参拝に来るたびに一度見たいと
探してはみるものの…。


一度も見たことはありません(^^;

この地の地名”姫御前”は伊也(菊姫)から
きているのかもしれませんね。

御祭神? 菊岡比売命
京都府京丹後市大宮町姫御前  菊岡神社

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文豪の愛した宿と稲荷神社『福壽稲荷神社』

2014年12月3日 / 丹後の神社, 神社・歴史

宮津の街中に清輝楼という古いお宿があり、
そこにピタッとくっつくように稲荷神社が
建ってます。それが小ぢんまりとしていますが
立派な稲荷神社があります。

このお宿、単に歴史があるというわけではなく
文豪、画家、多くの著名人に愛された宿なのです。

吉川英治  三国志や宮本武蔵等を書いた歴史小説家
菊池寛   ジャーナリスト、小説家、文藝春秋社の創設者
富岡鉄斎  文人画家、儒学者
野口雨情  詩人、童謡、民謡の作詞家
近藤浩一路 水墨画家、漫画家
鈴木百年  日本画家

また、江戸時代には円山派、狩野派などの絵師がよく訪れて
たそうです。昔、こういった方々はお代の代わりに絵などの
作品を書かれるなんて事を聞いたことがありますがここまで多く、
色んな方が来られるというのは天橋立であったり宿のおもて
なしだったのでしょうか?それは解りませんが
丹後にはこんなお宿もあるんです(^^)

小さな小さな美術館としてこういった方々の骨董書画などを
見ることが出来ます。(と思います)宿泊したことはありませんが
親族一同でここで会食をしたことがあります。お値段もそんなに
高くはありませんし丹後に来られた際にはこういうお宿に止まって
みるのもいいんじゃないでしょうか?

清輝楼が出来たのは1600年代末、福壽稲荷神社の由緒が
解りませんのでなんとも言えませんが清輝楼さんよりも
後に建てられたのかもしれませんね。清輝楼さんが勧請に
関わっておられたのかも?

いい雰囲気ですよね(^^)

御祭神 宇迦之御魂神
京都府宮津市魚屋938番地  福壽稲荷神社

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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