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丹後屈指の磐座がある『神谷神社』

2014年4月6日 / 丹後の神社, 神社・歴史

この近くに用事がありますと必ずと言っていい程
この『神谷神社』に足を運びます。と言っても
本殿の方ではありません。道を挟んで摂社、八幡神社
の裏手にある磐座がお目当てです。

だからと言って本殿が大したことが無いかといえば
決してそんなことありません。本殿の神社彫刻は
必見です!これには目を見張る凄さがあります!
京都府指定の貴重な文化財でもあります。

崇神天皇十年九月、四道将軍・丹波道主命が
勅命を受けて山陰地方を巡視された時、 武運
長久を祈願して、久美浜の地に社地を定めて
出雲国・八千矛神・天神玉命・天種子命を
祀ったのが 当社の創祀。式内社・神谷神社に
比定されている古社。

もとは、神谷小字明神谷に祀られていたが
中世の頃、戦乱にため社屋が破壊されたので
現在地の太刀宮に合祀された。

玄松子の記憶様のHPより一部抜粋させて頂きました。

といういう事はこの場所では磐座の方が先に祀られ
ていたのではないかと思います。

八幡神社の脇から細い石段を登って行くと
どんつきには小さな祠があります(どんな
神様が祀られているかはわかりませんが)

更にそこを右に折れると

磐が真っ二つに割れておりその間を通る事が
出来、ぐるりと一周することが出来ます。
僕はココを通る時が一番、ゾクゾクっときます。
そして、規模も丹後で屈指の磐座ではないかと
思います。

ココは古代祭祀場であり、近年まで女人禁制の地でした。
修験場の様に女性が立入ることの許されない信仰が
あったのでしょうか?

僕の周りでは女性がココへ行くと写真のシャッターが
切ることが出来なかったり、うちの娘が固まって動けなく
なったりするなど不思議な話を聞くことがあります。

御祭神 丹波道主命

京都府京丹後市久美浜町久美浜小谷   神谷神社

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境内の空気が素晴らしい!歴史ある『走田神社』

2014年3月26日 / 丹波の神社, 神社・歴史

いつもの悪い癖で立ち寄った神社が
物凄い良い所だと得した気分になります(^^)
まず、一の鳥居をくぐる前に目を引くのが

な、なんと社務所が『茅葺き』
びっくりです(゚д゚)!

鳥居が建った年代も江戸の”亨保”です。
手入れもキッチリと行き届き物凄く
清々しく、佇まいも良いんですよ(^^)

僕のスマホのカメラではその清々しさを
お伝えすることは難しいのですが…(^^ゞ

この清々しさは一体なんなのか?と思い
ネットで検索をしてみるとココは時代劇の
ロケ地の定番の場所だそうだ。

◯暴れん坊将軍
◯鬼平犯科帳
◯新三匹の侍
◯子連れ狼

その他にもたくさんロケが行われている
様ですがこの神社に参拝されたらその訳も
すぐに分かります!(^^)

神社の歴史としてはかなり古く、711年で
丹波国が分国されてしまう713年よりも古い。
祀られている彦火火出見命は古事記の山幸彦
海幸彦のくだりに登場する山幸彦の事です。

彦火々出見尊が海神の娘、玉依比売命と結婚
するのですが鵜葺草葺不合命を生むときに
玉依比売命が元の姿に戻って出産する姿(鰐)を
見てしまい(゚д゚)!仰天!

それを見られた玉依比売命は見られたことを恥とし
海の国に戻り姉の豊玉比売命に鵜葺草葺不合命の
養育を任せてしまいました。後にこの2人は結ばれ
初代神武天皇が生まれるのです。

と古事記に書かれています。

また参道の掲示板には(一部抜粋)


「垂乳味池」と呼ばれる清水があり、次のような話が伝わって います。
豊玉姫尊が葺不合尊を出産した後、御子を波瀲に残し龍宮に帰ってし
まいま した。そこで、残された葺不合尊は豊玉姫尊の妹である玉依姫に
より養育されることになりま した。玉依姫は、この清水の水で粥を作り
乳の変わりとしました。これより「垂乳味池」と呼ばれるようになり ました。
後に、この清水は、乳の出の悪い婦人がこの清水で作った粥を食べると、
乳が たくさん出るようになったといわれています。

ちゃんと纏わる伝承も神社には残っているようです。

御祭神 彦火火出見命、豊玉姫命、彦波瀲武??草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)

京都府亀岡市余部町走田1   走田(はせだ)神社 旧郷社(式内社)

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丹後屈指の古社!『竹野神社』

2014年3月8日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

雪がちらつく中、仕事の合間に参拝してきました。
初詣依頼今年2回目の参拝になります。

この竹野神社は丹後の中でも屈指の古社です。
この木々がかぶさるように参道を覆います。

ココが一番、竹野神社で好きな場所で趣も感じます(^^)

丹後でよく見かけるタイプの狛犬です。
出雲丹後の『構え獅子』と呼ばれる形ですね。

丹後半島の竹野川流域の神社では豊受大神が主祭神
として祀られることが多いのですがココ竹野神社は
天照大御神です。天照大御神が祀られている理由は
開化天皇の后だった竹野媛(大県主由碁理の娘)が
晩年、天照大御神を祀ったのが始まりと言い伝え
られています。(鬼退治伝説の麻呂子親王とも)

面白いサイトがありましたのでリンクさせて頂きました。

勘注系図より建諸隅命(たけもろずみのみこと)

以下リンク先より一部抜粋させて頂きますと

『勘注系図』はこの竹野媛の父親である由碁理を
建諸隅命とするのである。 開化の妃になった竹野姫が、
丹波の大縣主由碁理の娘であるということは、『古事記』が
伝えるところである。 だとすれば丹波の支配者の系譜に、
由碁理が登場したとしても不思議はない。またこの
建諸隅命は開化に仕えたとするから、開化時代の人である。
『勘注系図』の注記は開化の時代に、丹波国の丹波郡
(たんばのこおり)と余社郡(よさのこおり)を割いて、
竹野姫の屯倉(みやけ)を置い たとする。そして建諸隅命は
開化に仕えたとする。 建諸隅のまたの名を竹野別といい、
後に竹野が郡(こおり)の名前になったとする。和名抄に
記載される竹野郡(たかのこおり)は、現在の京丹後市
網野町、弥栄町、丹後町あたりでその中心は丹後町とされる。
ここは由碁理が国府を置いたと言う伝承を持つ。 開化の
妃に成った竹野媛(竹野姫)というその名前は、竹野別
(たけのわけ)という父親の名に由来するものである。
この竹野姫のもとの名は天豊姫である。建諸隅命
(たけもろずみのみこと)の又の名は由碁理(ゆごり)である。

『古事記』第九代、開化天皇記より 若倭根子日子大毘毘命
坐春日之伊邪河宮 治天下也  此天皇 娶旦波之大縣主
名由碁理之女 竹野比賣

 

勘注系図と古事記に記載される事を元にすると開化天皇の妃
だった竹野媛の父は丹波大県主由碁理であり、丹波大県主由碁理は
建諸隅命である。建諸隅命は開化天皇に使えていた。竹野媛の
元々の名は天豊姫であり、そして天豊姫はまた”台与”であると
いう説もあります。

この時代、丹波は相当な力を持っていたはずです。しかし、
歴史舞台から消されてしまったかのように残念なことに
丹後の繁栄は語られる事がありませんよね…。

ちゃんと勉強していないと調べても理解しきれず難しいですね(><)

そうそう!竹野神社にて3月23日に行われる初午祭があります。
面白いイベントもあるようですので皆さんも是非、行ってみて下さい(^^)

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御祭神 天照大御神 (斎宮:竹野媛命、 建豊波豆羅和氣命、日子坐王命)

京都府京丹後市丹後町宮宮ノ谷245 竹野神社

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Gamada Hidemasa

 

睡眠や寝具の事はプロの目線で、丹後の神社や
歴史の事はよく理解せず書き綴っております。
寝具製作技能士、上級睡眠健康指導士
羽毛診断士(ダウンプロフェッサー)等の
資格を持ってます。お気軽にご相談下さい。
お越しの際には連絡を頂けると幸いです。

 

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