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海部氏の流れを汲む『天照玉命神社』

2014年2月21日 / 丹波の神社, 神社・歴史

丹後の歴史を僕に教えてくれる先生の様な方に
ココは『一度は行ってきた方が良いよ。』とオススメ
していただいた神社です。一度目は下調べが不十分な
為、辿りつけず…。リベンジをしてきました。


海部氏勘注系図の第27世に海部直千嶋という人物が登場します。
丁度、この頃に丹波国が解体され丹後国が誕生する頃です。その時に
元々の海部氏の拠点であった久美浜の海士からどういう経緯かは
分かりませんが3つに分かれています。

千嶋には2人の弟があり千足と千成。千足は天照玉命神の祝となり
天田郡を治めていたそうです。ちなみに千成は舞鶴の笶原神社、
千嶋は宮津の籠神社です。

籠神社同様、主祭神は天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊です。
長ったらしいですが天火明命こと饒速日命になりますね(^^;

境内を散策していると面白いものを見つけました。


校倉造りの建物があるじゃないですか?

こんな社殿、珍しいですよね!気になって調べてみると
これは社殿ではなく『宝庫』近在では唯一のものらしく

とても貴重なものらしい。

境内の端にこんな磐座がありましたが
どんな神様が祀られているんでしょうかね?

御祭神  天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊

京都府福知山市今安961  天照玉命神社(あまてるたまのみことじんじゃ)

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ここはホントの聖域だ!『天岩戸神社』

2014年2月8日 / 丹後の神社, 神社・歴史

 

福知山市大江町には元伊勢皇大神社(内宮)と
元伊勢豊受神社(外宮)があります。その奥宮
として天岩戸神社があります。この3つを
元伊勢三社といいます。

天岩戸と言うのは古事記などで出てくる天照大御神が
お隠れになられた岩戸隠れの伝説の場所です。
日本各地に比定地がありますがその中の一つです。

 

元伊勢皇大神社の裏手の道を下って行くとあります。
すぐ近くですので元伊勢皇大神社を一緒にご参拝されると
良いかと思います。

ここに参拝されるときに2つご注意して頂きたい事があります。
一つ目は谷に降りて行きますので足場が悪いのでヒールの様な
歩きにくい履物で行くと危険です。

二つ目はココは”神域”です。そして京都府歴史自然環境保全地域に
指定されています。石、草木など全てのものをココから
持ち去ってはいけません。

手付かずで自然がそのまま残っているような
雰囲気でとても厳かな気持ちになってきます。
ちなみに社殿の前を流れるこの川は”宮川”と言い
途中から”五十鈴川”と名前が変わります。伊勢と
全く同じですね。そして内宮、外宮、猿田彦神社…。
元伊勢と言われるだけはあると思います。

僕、個人的な感覚ですが丹後の神社の中でも特に
背筋がピンと伸びるような、そして清々しい気分に
なれる神社だと思います。ひょっとしたらココに
天照大神がお隠れになったのかも?と思えてくる
くらいです。機会がございましたら皆様も是非、
一度は参拝して頂きたいなと思う神社です。

御祭神 櫛岩窓戸命、豊岩窓戸命

京都府福知山市大江町佛性寺字日浦ケ嶽206-1 天岩戸神社

 

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信長は神仏をも恐れぬ男だったのか?『溝谷神社』

2014年1月28日 / 丹後の神社, 神社・歴史

近くで仕事がありましたのでその帰りにちょっと
よってみました。かなり古く由緒ある神社です。

由緒は丹波道主命(丹波国を収めていた四道将軍の一人)が
創祀したのが始まりと言われています。きっと丹後の歴史を
語る上でも重要な歴史を帯びている神社では?と思います。

ちょっと面白いのがこの神社と織田信長に縁があるのです。

天正年間(1573~92)、織田信長は当社の信仰厚く、先例に
習って社殿を改築し「新羅大明神」の神号を書し額に鋳造して
奉納している。

と記録が残っていることです。学校の歴史の授業で
1571年に比叡山の延暦寺を焼き払ったと教えてもらいました。
山を丸ごと焼き払い女子供も容赦なく3000~4000人もの
犠牲者が出たと。。

ところが一方で溝谷神社の社殿を改築し、額を奉納しています。
そういう事をしたのはきっとこの神社だけの事では
ないでしょう。歴史の授業で持った信長のイメージは

”神をも恐れぬ狂ったとんでものない男”

とは違った一面の痕跡がこの溝谷神社にはあります。

信長が延暦寺を攻撃をしたのは確かな事実ですがそれには
ちゃんとした訳があったのでしょう。敵対していた朝倉・
浅井連合軍に加担していた事も要因の一つでしょう。

当時、宗教家としても堕落していて、経済を牛耳り、
僧は槍や鉄砲を持って戦争に傭兵として加担していました。
(延暦寺には4000人の僧兵がいたそうです)その軍事力を
背景に政治にも影響力を持っていたでしょう。詳しく調べて
見るとこの時代に実際に焼き払われた建物というのは
しれていたそうで殆どが年代が合わなかったそうで、
比叡山焼き討ちは誇張されていたのかもしれません。

詳しい歴史背景を僕は理解していませんが織田信長が
天下統一を果たすに辺り、また統一をしたあとにおいても
そのまま放って置いたら禍根を残したでしょう。
日本で初めて政治・経済と宗教を分離させたのが
信長かもしれませんね。

帰り際にふと見つけた磐座?
こういう所にお祭りされている神様がとても重要な
意味を持っていたりするんじゃないかと

御祭神 素盞鳴尊、天照大御神、宇迦之御魂神

京都府京丹後市弥栄町溝谷46-2 式内社 溝谷神社


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Gamada Hidemasa

 

睡眠や寝具の事はプロの目線で、丹後の神社や
歴史の事はよく理解せず書き綴っております。
寝具製作技能士、上級睡眠健康指導士
羽毛診断士(ダウンプロフェッサー)等の
資格を持ってます。お気軽にご相談下さい。
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