カテゴリー「但馬の神社」の記事

『後醍醐天皇倒幕失敗!』日出神社

2016年11月19日 / 但馬の神社, 神社・歴史

丹後・丹波・但馬は元々1つの国でした。でもそれぞれの地域には
地域の特色があり祀られている祭神にも特徴が出てきます。
但馬の歴史で重要な地位を占めるアメノヒボコ、新羅の国王の子が
渡来してきたと言われています。

 

ここ日出神社にはその4世孫、多遅摩比多訶(タジマヒタカ)が
祀られています。名前の”日出づる神社”ってなんか凄いですね!

 

1862

(イチョウの葉のが美しい絨毯になってました)

 

多遅摩比多訶の孫が三韓征伐をした第14代仲哀天皇の后、
神功皇后になります。そして、兄が多遲麻毛理(タジマモリ)
製菓の神として知られています。常世の国に渡り10年掛けて
香菓を日本に持ち帰ったと言われています。それが今の橘と
言われています。

 

1863

 

案内板には書かれていませんが社殿の脇には

 

1864

 

恒良親王(ツネヨシシンノウ)の名が刻まれた碑があります。
恒良親王は南朝、初代天皇の後醍醐天皇の皇子です。

 

後醍醐天皇が2度目の挙兵に失敗した時に恒良親王は
捉えられ、但馬国に流されます・・・。守護太田守延に
預けられこの境内の建物内で幽閉されたとされています。
この石碑のある場所がその建物があったばしょなのかもしれませんね。

 

御祭神:多遅摩比多訶神
兵庫県豊岡市但東町畑山329 式内社 日出神社

 

 

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気付いてなかった風情ある神社『日吉神社(豊岡)』

2016年11月10日 / 但馬の神社, 神社・歴史

JR豊岡駅を日高方面に過ぎた所にこんもりとした山があります。
今まで何も思わなかったのですが・・・。実は神社だったんですね(^^;

 

1840

 

その山を山王山と言い南北朝時代には正法寺城があり
要塞化していたそうです。山名氏の時代までは城塞的な
役割を果たし、その後は真言宗の正法寺という寺がありましたが
明治期の神仏分離により日吉神社が独立し今に至る様です。
その当時の城郭の地形図が日吉神社さんのWebにて紹介されてます。
一時期、山名政豊が居城にしていたようです。佐々木大神が
祀られているのは丹後田辺藩から京極家が来封してきたからです。
京極氏は近江源氏の佐々木氏の流れを組むからです。
丹後峯山藩の金刀比羅神社にも佐々木社があるのと同じ事でしょう。

 

 

1841



この社務所が昭和の佇まいを残しておりとても風情があります。

 

1842

 

昭和36年の室戸台風で社殿が倒壊しています。
恐らく、倒壊した社殿の獅噛ではないかと思われます。

 

1843

1844

 

とても立派な社殿です。丁度この時、七五三参りが
行われておりました。

 

御祭神:大山咋神、佐々木大神、菅原道真公
兵庫県豊岡市山王町10-23  旧県社 日吉神社(豊岡市)

 

 

 

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『但馬国屈指の古社』粟鹿神社

2015年2月27日 / 但馬の神社, 神社・歴史

たまたま、仕事でこの辺りに来るチャンスに恵まれ
前々から行きたいと願っていた粟鹿(あわが)神社へ参拝してきました。
一宮の割には小ぢんまりとした神社ですが見るべき所は沢山あります。

依代がシッカリと作られてあります。
この依代の前にあるのは勅使門。

この門は僕らはくぐることが出来ません。勅使とは天皇の使者の
事です。過去に四回、国難に見舞われた時に勅使がやってきたそうです。
それだけ国の信頼が厚い神社だと言えます。社殿では2000年の歴史が
あり但馬では最も古い神社なのです。ちなみに扉の鳳凰は江戸期に
活躍した彫師、左甚五郎の作品だとか

この粟鹿神社は日下部氏と大変ゆかりが深く、日下部氏が社家で
あると思っていたら…祭神に亜米美佐利命(アメノミサリノミコト)??
聞きなれない神が祀られています。大国主の子にあたるそうです。
大国主には沢山の妻がいてましたので事代主命や建御名方神などは
有名ですが初めて耳にする神です。

ということは出雲の影響を受けているということになりますね。
京都九条家の秘庫に蔵 されていた『粟鹿大明神元気』という
昭和三十年に是澤恭三博士が発掘された書物によると
社家は大国主命や素盞嗚命の末裔で出雲系の神(みわ)部氏だと
神々の黄昏様が奥の深い考察をされていらっしゃいます。その中に

粟鹿神社の祭主は、古代に神部氏が務め、
その後、日下部宿禰 が務めるようになった。
そして、神部氏と日下部宿禰との接点が
『粟鹿大明神元記』に ある神部氏系図の
なかにみえる都牟自に感じ取れるのである。

決して関係のない氏族ではなさそうですね。 でも僕の頭は
グッチャグチャです(><)そして更に読んでいくと興味深い文章が

 

日下部氏は但馬国造氏族(丹波(丹後)国造氏族と同族)と
称している一方、宝賀寿男氏の古代氏族系譜集成 によれば、
神宮外宮の度会氏は、丹波国造氏族と同族であったと言います。

 

となると丹後の浦島伝説で見え隠れする日下部氏と
同族で 繋がってくることと豊受大神が祀られる伊勢外宮の
度会氏とも 繋がってくると浦島伝説と羽衣伝説は何らかの
強い関係性が ありそうな気がしてきますね。面白いですね( ̄ー ̄)ニヤリ
あくまでも僕の取り留めのない妄想ですが…。ますます
わからなくなってきました(笑)

僕のスマホの電池切れで撮れなかったのですが
実はこの後ろにとても気になる様なものがあり
ちょっとこんもりとした古墳らしきものがありました。
御神体かな?と思い、あとで調べてみると…
山東町史によると日子座王の塚だとか!( ゚д゚)ハッ!

御祭神 彦火々出見尊、日子坐王、阿米美佐利命
兵庫県朝来市山東町粟鹿2152    但馬国一宮(県社)粟鹿神社

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標高800mの三重塔『名草神社』

2014年9月23日 / 但馬の神社, 神社・歴史

先日、有難いことに養父市の方からご注文を頂く
機会が御座いまして納品に行ってまいりました。

ご注文は当然のことですが養父市に行けると言うのが
これまた嬉しいじゃないですか!(^^)

納品先の奥様に名草神社の事を聞いてみるとそこから
約1時間。これくらいなら大したことない行けかな
と思い軽い気持ちで出かけたら…。冷静に考えると
行くという事は帰ってこなくちゃなりません。1時間
では済まないと言うことですね(><)結構、遠い道のりでした。


(ガードレールで稲木干し。いいですね~)

なんたって妙見山の中腹800mの所にあるんですから
くねくね道をひたすら登らなくちゃなりません(~_~;)
途中では鹿に3度程、遭遇し肝を冷やしました。
ぶつかりでもしたら目も当てられませんからね。

途中、こんな面白いところ見つけました。
見どころタップリです。これはまた別でレポートを
したいと思います。戦国時代の幕開けのきっかけと
なった応仁の乱。その中心人物です。ここで
山名宗全は戦勝祈願をしたのかもしれません。

妙見山の麓から名草神社まで30分近くかかった
んじゃないでしょうか?道が細いので疲れますね。

森の中の朱色がやたらと映えて見えます。この
名草神社、鳥居がありませんでした。何処と無く
雰囲気がお寺っぽい。”名草神社”と名乗るのは
明治期の神仏分離以降。なのでココに妙見菩薩が
祀られているわけではありません。先程の日光院に
いらっしゃるのではないでしょうか?

流石にこれを簡単に動かすことはできませんよね。

しかし…。江戸の寛文年間にこの三重塔が移築
されたのです。何処から?

『出雲大社』

出雲大社です(゚д゚)!バラバラに分解して日本海に
船を浮かべて運んできたわけです。しかも標高800mの
山の中腹に。驚きますね。

その三重塔の隣にゴッツイ切り株があります。

出雲大社を本殿造営に妙見杉を提供したお礼にと
三重塔が贈られたそうだ。とてつもなくスケールの
デッカイ話です。

お礼というのは表向きの話であり、その時に三重塔の他に、
経蔵、鐘楼が出雲大社から移されました。その当時出雲大社は
仏教色を払拭させようとしていました。お礼という意味も
ありながらそういった背景もあったのです。

今は住んでらっしゃらない様ですが社務所もお寺っぽい?

一昨年の積雪により社殿及び割拝殿は大きなダメージを受けて
おります。積雪だけではなく元々、修復も必要な状態だったかの
ようにも見えますが一刻も早い、修復を切に願っております。

何故、天御中主神が主祭神で名草彦大神が主祭神なのか?
名草彦命は和歌山にいた名草一族の氏神様なのだ。何故ここに?

主祭神:名草彦大神
副祭神:天御中主神・高皇霊産神・神皇霊産神・五十猛神・大屋津姫神・柧津姫神
兵庫県養父市八鹿町石原1755-6  県社 名草神社

 

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