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『もう一つの浦島伝説』網野神社

2015年5月6日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

京丹後市には浦島伝説に因むと言われる神社があります。
浅茂川の浜の近くにある嶋児 神社、下岡にある六神社、
そしてここ網野神社。

水江浦嶋子(みずのえのうらしまこ) (網野町のうらしま太郎伝説)  

昔、銚子山古墳の地続きに日下部氏の屋敷がありました。
日下部曽却善次(くさかべそきゃくぜんじ)夫婦には子供がなく、
子宝に恵まれたいと百日祈願をしていました。満願の夜、夫婦は
不思議に同じ夢を見ました。  神から「二人の願いを聞き届けよう。
明朝、福島へ来い」とのお告げです。翌朝、出かけると赤子が
置かれており、夫婦は「嶋子(しまこ)」と名付け大切に育てました。  
釣り好きの若者に成長した嶋子は、澄の江での漁の時は釣った魚を
一旦磯の「釣溜(つんだめ)」にビクのまま漬けておいたといいます。  
ある日、嶋子は福島で大変美しい娘に出会いました。乙姫様でした。
二人は、夫婦の約束をし、小船で竜宮城へ行きました。手厚いもてなしを
受け三年の月日が経ちました。  嶋子は故郷が恋しくなり、帰ることになりました。
乙姫様が「お別れに手箱を差し上げます。再びお出でくださる気持ちが
あるなら、決して中をお開けなさいますな」と美しい玉くしげ(玉手箱)を
手渡しました。 嶋子は懐かしい万畳浜へ帰ってきました。ところが、屋敷に
着いてみると、雑草が茂って一面の荒野原に……。竜宮城での一年は、
人間界の何十年にもなっていたのです。嶋子は悲しみ、途方に暮れました。
その時、玉くしげのことを思い出し、これで数百年の昔に戻れるのではと箱の
蓋を開けました。すると中から白い煙が立ち上り、嶋子はしわだらけのおじいさんに。
驚いた嶋子は思わず自分の頬のしわをちぎって榎に投げつけました。その後、
嶋子がどうなったかはわかりません。(網野町資料から)

網野神社公式Webより抜粋

浦島神社に参拝した時にお聞きした話とはちょっと異なりますが
骨子は似ているかと思います。ここに日下部氏が出てきます。浦嶋太郎は
日下部氏なのでしょう。網野神社の森家は元々、日下部の姓を名乗っていたそうです。
その森家に伝わる系図によると日下部曽却善次は開化天皇の皇子、
開化天皇の皇子、日子坐王の末裔にあたると。日下部曽却善次のまたの名を
浦島太郎、その長男『嶋児』が龍宮城へ行った浦島太郎にあたるとか。
浦島太郎の名は世襲ってことになるんでしょうかね?

日下部氏と言うのはこの辺りに大きな勢力を持っていたであろうと思われる氏族です。
日下部氏は日子坐王の後裔にあたると言われています。この彦坐命を祀る神社は
この辺りに多いのです。僕の行った神社では但馬国一宮粟鹿神社、但馬国旧県社赤淵神社、?
但馬国宇都野神社、 丹後国旧府社竹野神社などがあります。?

日下部氏という氏族は一体どんな氏族なのでしょうね??

近くに住んでいながらあまり足の運んだことのない神社なのですが
改めて参拝してみるととても良い神社ですよね(^^)

紋は丸に三つ引きは足利将軍家と関わりの強い紋です。
戦国期に丹後国を治めていた一色氏は足利一門ですから
その関係なのでしょうか。

御祭神:日子坐王、住吉大神、浦嶋子神

京都府京丹後市網野町網野789  式内社(旧府社)網野神社

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