タグ「海部氏」を含む記事

丹後と尾張

2015年6月24日 / 丹後の歴史, , 神社・歴史

最近、丹後では名古屋との交流が盛んに行われています。
そう、丹後弁と名古屋弁と言うのはそっくりなのです。丹後では
美味しいということを

『うみゃ~』?

と言います。エビフライも

『エビふりゃ~』

で意味は通じます。 こんな感じで類似する方言が沢山あるのです。
先日、京丹後市教育委員会からこんな本が発売されました。

京丹後市の方、一冊500円です。是非買って下さい。面白いですよ(^^)

丹後と尾張はルーツが同じなのです。?熱田神宮大宮司家の尾張氏は
丹後海部氏の流れを汲む同族です。(と思ってます)尾張には海部系の
氏族が多く分布していました。丹後に因む地名もあります。愛知県海部郡は
そのまんまですね。天火明命(籠神社祭神)を祀る神社も沢山あるそうです。

大和時代には尾張氏は尾張にいる海部系氏族を統括し塩や海産物を大和に
貢納していたそうです。

時は過ぎ室町~戦国時代。
室地幕府の四職家だった一色氏は丹後国の他にも三河、尾張、伊勢、若狭など
多くの国の守護職を務め、大きな勢力を誇っていました。伊勢湾、若狭湾の
制海権を完全に掌握していました。16世紀にはいると一色家の勢力範囲は
丹後国のみとなり弱体化が著しかったものの丹後の海賊衆はかなり強かったそうです。
当時、丹後は石川氏、伊賀氏、小倉氏の三奉行が三河から一色氏を
引っ張ってきて当主に据えたそうです。ずっと何らかの形で交流はあったんでしょうね。

丹後と尾張の関係はとても興味深いですね!

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

タグ: , ,

『元々の海部氏の拠点』矢田神社

2015年3月16日 / 丹後の神社, 神社・歴史

京丹後市久美浜町に海士と書いて”アマ”という地名があります。
そこにある矢田神社は丹後国一宮籠神社の宮司家海部氏の拠点
であったと言われています。

その拠点であった所に建つ神社が矢田神社。熊野郡誌には

 

『式内社にして其の創立最も古し、按ずるに海士の地は往古神服連海部直の居地にして、
館跡を六宮廻(ろくのま わり)という。海部直は丹後の国造但馬国造等の祖にして、
扶桑略記にも丹波国熊野郡川上庄海部里国府と為す。』

とあります。但馬~丹後~若狭を治める重要拠点だったのでしょう。
現在では海士から海までは距離がありあますが当時はここは入江の様な形で
海だった様です。交易、軍事の拠点としても重要な土地だったのかもしれません。

六宮廻という場所は現在、矢田神社がある宮ノ谷の隣接する場所だった
そうです。そこに海部直の居留地があったと言われています。

系譜で読み解く日本古代史様のWebが分かりやすいかと思いますのでご参考に

さて、鳥居をくぐり

参道を登って行くと境内があります。
ここはゲートボール場にもなってるようですね。

拝殿の彫り物を見ると”亀”が掘られています。
珍しいですね。何か意味の深さがあるのかと勘ぐってしまいます(^^;

丹後ではちょこちょこ見られる古い形の狛犬
宮津市の栗田にある住吉神社や和貴宮神社にも
同様の形をした狛犬があります。

拝殿脇にあるこの磐座、物凄く気になります。
脇に追いやられている感じがしますがどんな神様が
祀られているのでしょう?元々、祀られていた神様が
時代の変遷と共に脇に追いやられると言うことは
よくあることの様ですね。

御祭神 建田背命(饒速日命六世孫)武諸隅命(建田背命の子)

京都府京丹後市久美浜町海士   式内社 矢田神社

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

タグ: ,

海部氏の本拠地久美浜『蛭児神社』

2014年3月28日 / 丹後の神社, 神社・歴史

丹後国一宮『籠神社』の摂社に『恵比寿神社』が
あるのをご存知でしょうか?恵比寿神社とくれば
事代主命(大国主命の息子)を祀る所が多いと
思いますが籠神社の摂社『恵美寿神社』には
彦火火出見命(山幸彦)が祀られています。

一方、この『蛭子神社』にも火遠理命、
天津日高日子穂々手見尊(山幸彦)が祀られて
います。事代主命ではありません。蛭子神社のある
場所と言うのは久美浜湾の入り口、小天橋にあります。

久美浜と言えば82代続く籠神社の社家海部氏の
元々の本拠地です。籠神社は天橋立、別名大天橋の
直ぐ側に建立されています。

この2つの神社が無関係の様にはとても思えません。
籠神社の摂社である恵比寿神社の元宮はここだった
のかもしれません。あくまでも僕のかってな推測ですが(^^;

拝殿がとても綺麗です。鏡も輝いています。

おや?元々この場所に鎮座していたのでは
ないんですね!

調べてみると四神ヶ獄と言うのは西にある
日村岳という173.5mの小さな山だそうです。
そこから建暦年間(1211年~1213年)に遷座。
四神ヶ嶽にはいつ祀られたかは不明ですが…

神風や 朝日の宮の宮移し 影のどかなる世にこそありかれ

この歌は遷座をした時に鎌倉右大臣源実朝のうたった歌。


久美浜はとても興味深いところなのでもっと
色んな場所に足を運んでみると面白いかもしれません!

 

御祭神 火遠理命、豊玉比賣命

京都府京丹後市久美浜町湊宮1662  蛭子神社


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

タグ: , ,

海部氏の流れを汲む『天照玉命神社』

2014年2月21日 / 丹波の神社, 神社・歴史

丹後の歴史を僕に教えてくれる先生の様な方に
ココは『一度は行ってきた方が良いよ。』とオススメ
していただいた神社です。一度目は下調べが不十分な
為、辿りつけず…。リベンジをしてきました。



海部氏勘注系図の第27世に海部直千嶋という人物が登場します。
丁度、この頃に丹波国が解体され丹後国が誕生する頃です。その時に
元々の海部氏の拠点であった久美浜の海士からどういう経緯かは
分かりませんが3つに分かれています。

千嶋には2人の弟があり千足と千成。千足は天照玉命神の祝となり
天田郡を治めていたそうです。ちなみに千成は舞鶴の笶原神社、
千嶋は宮津の籠神社です。

籠神社同様、主祭神は天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊です。
長ったらしいですが天火明命こと饒速日命になりますね(^^;

境内を散策していると面白いものを見つけました。



校倉造りの建物があるじゃないですか?

こんな社殿、珍しいですよね!気になって調べてみると
これは社殿ではなく『宝庫』近在では唯一のものらしく

とても貴重なものらしい。

境内の端にこんな磐座がありましたが
どんな神様が祀られているんでしょうかね?

御祭神  天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊

京都府福知山市今安961  天照玉命神社(あまてるたまのみことじんじゃ)

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

タグ: , , , ,

創業明治十年 老舗寝具専門店
ふとんのえび
すや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご連絡をいただけると幸いです。
不定休、諸都合等で休みの場合がございます。


過去の記事はこちらで


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 舞鶴情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 豊岡情報へ
クリックしてくれると嬉しいです

LINK