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『一気に纏めて戦国武将の墓参り』金剛峯寺奥之院

2016年3月17日 / 神社・歴史, 紀伊の神社

いつもは神社ばかりでお寺には殆ど行きませんが
一度でいいから高野山に行きたいと思っておりました。
時間が殆ど無かったので強行軍ではありましたが行ってまいりました。

 

目的はなんといっても奥之院!

 

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ここからスタートしたのですが僕は結構な
方向音痴でしてただまっすぐの2kmの道のりなのに
道に迷ってしまいました(><)

 

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伊達家は一族で固まってるようで隣には宇和島藩がありました。

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加賀百万石の前田家。

 

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薩摩島津家の墓所。別に島津家久・光久の墓所は別に有ります

 

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日向秋月家の墓所。秋月家は秋月氏の祖は、平安時代に伊予で反乱を
起こした藤原純友を討伐した事により九州に所領を与えられたのが始まりです。

 

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武田氏最後の当主、武田勝頼の墓所です。綺麗に手入れがされてます

 

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石田三成墓所

 

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戦国武将ではありませんが”東の渋沢””西の松本”と呼ばれた政商です。
松本重太郎翁は京丹後市丹後町間人の出身です。京都の呉服商に丁稚奉公に
そこで修行で力をつけ大人物になりました。

 

ここにあるように南海電鉄の創始者だけでなく名だたる企業の立ち上げています。

1391

 

途中、姿見の井戸というのがあるのですが
井戸を覗いて自身の姿が映らなければ3年以内に死ぬとか・・・(゜o゜;
一応、移りましたので3年間は大丈夫のようです(^^;

 

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意外や意外!信長公の墓がこんなに小さいとは・・・。
各地の大名の墓所に比べて遥かに小さいです。信長の
紀州攻めが尾を引いているのでしょうか??

隣の筒井順慶の墓と大きさが変わりません。筒井順慶は
本能寺の変後、親交の厚かった明智光秀は順慶の加勢を
期待して洞ヶ峠に陣取るが順慶は静観。
洞ヶ峠=日和見主義の語源となった人物です。

 

 

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一番凄かったのは徳川秀忠の石廟でした。完全に石の家と行って良いくらいですね!

 

 

1395

 

ここから先の御廟は写真撮影は✕です。空海が今でも瞑想をしていると言われる
神聖な場所です。

 

不思議に思ったのですが大半の大名家の墓所には何故か鳥居があります。
なんででしょうね??

 

滞在時間1時間半でしたらから奥之院くらいしか行くことが出来ず
奥之院も半ば早歩きで・・・。ホントはまる一日くらい掛けてジックリと
周りたいそんな場所ですよね。高野山

 

 

 

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