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『丹後国と隠岐国の関係』須津姫・須津彦神社

2017年8月4日 / 丹後の歴史, 丹後の神社, 神社・歴史

宮津市須津には神職さんが在中していないのが
勿体ないくらいに雰囲気の良い立派な神社がありあます。

 

 

神社の名前の須津彦・須津姫と言うのは
履中天皇御夫妻の事です。この神社の伝承に丹後の与謝郡を
中心にして伝わる億計王(おけのみこ)・弘計王(をけのみこ)
二皇子の伝説が残っております。

 

この王子は豊受大神を外宮へ遷宮をした雄略天皇に
命を狙われる兄弟です。(後に二人の皇子は天皇になります)
皇子は履中天皇の孫にあたります。子の市辺押磐皇子
(いちのべのおしはのみこ)雄略天皇の策略により命を
落としてしまいます。権力闘争により二人の皇子は
与謝郡内で転々と身を隠していたのです。ここでも
身を隠していたようです。そういった関係で履中天皇御夫妻が
祀られているんだと思いますが…。

 

この須津から離れた隠岐の島に伝わる古文書によると
須津姫が隠岐の島へと嫁ぎ、島の発展の為に尽力したと
書かれているそうだ。野田川の河口と隠岐の島は
距離があると言えども半島との交流を考えると決して
遠い訳ではなく十分に何らかの繋がりがあるように思います。

 

 

 

 

社殿の後ろには立派な御神木がありました。

 

御祭神:去來穗別尊(履中天皇)、黒比賣命
京都府宮津市須津字吉里1564 式内社 須津彦・須津姫神社

 

 

 

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『皇子が匿われた地』上宮神社・下宮神社

2015年10月14日 / 丹後の神社, 神社・歴史

与謝野町加悦の与謝峠の旧道沿いに上宮神社(上王子神社)と下宮神社(下王子神社)が
あります。この地に”王子”と名のつく神社があるのでしょうか?

1188

下宮神社

1189

下宮神社案内板

1190

上宮神社

丹後の神、豊受大神を天照大神からの御神託により伊勢へ
お招きされた雄略天皇に命を狙われた億計王(後の仁賢天皇)と
弘計王(後の顕宗天皇)は丹後の地で匿われていました。
丹後にはその伝承が残る場所が幾つかありその一つがこの与謝です。
(2人の王子の父(市辺押磐皇子)は雄略天皇に殺されています)

この皇子が匿われていたのは父の市辺押磐皇子が殺された456年は
古墳時代中期。神明山古墳など巨大前方後円墳が出来たのも400年代初め。
この当時、丹波王国(丹波)はまだまだ力を持った強国だったのでしょう。
誰がこの2人の皇子を匿ったのか解りませんが日下部氏だったのでは?
と思ったりします。

後に天皇になる2人の皇子を匿う事が出来るということは相当な
力がないと難しいでしょうし、朝廷に対して対抗しうる力を当時の丹波王国は
持っていたのでしょう。

御祭神 億計王
京都府与謝郡与謝野町与謝小字峠  旧村社 上宮神社

御祭神 弘計王
京都府与謝郡与謝野町与謝小字峠 旧村社 下宮神社

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