カテゴリー「丹後の神社」の記事

『京丹後のもう1つの六神社』六神社(丹後町上野)

2017年2月28日 / 丹後の神社, 神社・歴史

仕事を頂くというのはとても有難いことです。
勿論、仕事として、そしてその近くの神社へ行けること(^^)
このあたりには滅多に来ないので同じ市内でも地理感が
疎いのでお客様に氏神様の祀られる神社の場所を
教えて頂き、参ってきた次第です。

 

ここに参拝するまで丹後に六神社がもう1つあるとは
知りませんでした。もう1つは網野町下岡にある六神社。
ここは浦嶋伝説の伝承が残る神社ですが

 

こちらの六神社もなかなかおもしろい伝承があります。

2028

 

2029

 

案内板にもあるようにここは元々、
この地域(宇川村)の総社として四社大明神として四柱の神が
祀られていたようですが・・・。六社という事は六柱の
神が祀られていなくちゃなりません。

 

その二柱はどこからやってきたのか??
当時、細川忠輿夫人ガラシャは幕府禁制のキリスト教を信仰しており
幕府の目を逃避して野間に隠遁生活を送っておりました。
村民が流したのかどうかは解りませんが現地で祀られていた
二柱の御神体を川に流してしまったそうです。当時の宮司が
宇川橋を通りかかった時に川の中の砂に埋まった
光沢を放つ二面の神鏡を発見し、それを持ち帰ったことから
六柱になったそうです。ガラシャ夫人と御神体を
川に流した事とがイマイチつながらないのですが
ガラシャ夫人に気遣って村民が流したということでしょうか???

 

御祭神:月読神、誉田別紳、天津児屋根命、天照皇大神、豊受比売神、丹波道主命
京都府京丹後市丹後町上野小字六社   六神社

 

 

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Deepな丹後の初詣

2017年1月12日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社, 神社・歴史

丹後のガイド本を作ろう!と頑張っておられる方達からの依頼で
Deepな丹後の初詣をさせて頂きました。

 

ガイド役でしたので写真を殆ど撮っておりませんが・・・

 

スタートは

 

丹後の古代祭祀場跡『丹後国二ノ宮大宮売神社』

ここは弥生後期、卑弥呼と同時代であろうと言われる土器など様々なものが
発見されており、神社そのものが大宮売神社古墳。祭祀場から
時代を経て神社として今でも信仰の場となっております。ひょっとすれば
丹後で最も古い神社かもしれませんね。

 

シャーマンが眠る古墳『大谷古墳
大宮売神社で祭祀を執り行っていたシャーマンであろうとも言われる
女性が見つかった墳墓。慎重150cmにも満たない40代女性が眠っておりました。

 

巨石が迫る『鍵守神社』
当日、鍵守神社の祭礼と重なり総代さん、神職さんのご厚意により
祭礼に参加させていただきました。巨石の脇の社殿から神職さんの
美しい祝詞がより一層、幻想的な雰囲気にさせてくれます。

 

1949

1950

 

宮津の古社の由緒と禰宜さんの神社の話『和貴宮神社
神社の詳細はリンク先から見てやって下さい。神職さんと神職の資格を得る時の
修行時代の話、現在の神社の現状などなかなか普段、聞く事の出来ない話を
お聞きする事ができました。また、本殿の素晴らしい神社彫刻も特別に見せて
頂けました。北前船の港として栄華を誇った当時の面影がこの彫刻に見ることが出来ます。

 

1951

 

最後はmogmogさんでランチで締めくくり。
写真を撮り忘れたのが残念ですが上手さはお墨付き!
宮津でオススメのお店です。機会があれば是非、行ってみて下さい。

 

まだまだ、知られてない丹後の神社。良い神社沢山ありますよ!

 

 

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『星信仰と太陽信仰』神谷神社摂社八幡神社

2017年1月4日 / 丹後の神社, 神社・歴史

京丹後市久美浜町にはすっごい磐座があります。

 

1936

 

これよりもっと大きな磐座はあちこちにあるかもしれませんが
この雰囲気もスゴイんです。立札にも書かれていますが近年まで
女人禁制の地だったんです。それを裏付けるかのように僕の回りでも
娘を連れて行くと固まって動けなくなったり、とある女性は
スマホのシャッターが押せなくなり写真が取れなかったり・・・。
女性に不思議な事が起こります。勿論誰もがそうなるわけではありませんが

 

1937

 

その磐座は道路を挟んで山手にありますが(神社の境内に道路が作られ
分断されたようです)八幡神社がありその横奥にありますが神社は後からの
事であり神社が建つはるか昔から信仰の場でありました。

 

1938

 

以前はこんなありませんでしたが
宮司さんは結構スピリチュアルな方なのでしょうか?

 

 

磐座には南北を指す割れ目が2つあり隙間からは北極星が見え、
磐座の中心石は夏至の日の出の光がその石を照らす様に意図的に
配置されているそうだ。ここに神社が存在する遥か昔に星や太陽を
信仰されていたのではないでしょうか。それを思わせるくらい神秘的な場所です。

 

1939

 

太陽信仰だから天照大御神が祀られているのでしょうか?

 

1940

 

この割れ目は南北宝庫に割れておりこの延長線上の空には北極星があります。

 

丹後でもいろんな磐座がありますが丹後でも代表的な磐座と
言えるかと思います

 

 

御祭神:誉田別命
京都府京丹後市久美浜町久美浜小谷  延喜式式内社 神谷神社境内社 八幡神社

 

 

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『謹賀新年』深田部神社

2017年1月1日 / 丹後の神社, 神社・歴史

娘と一緒に今年最初の神社参拝へ行ってきました。

1929

1932

 

普段は手水に水が流れていないのでついついお清めを
するのを忘れておりました(><)

 

さて

 

地名は名を表すと言いますがここ深田部神社は
黒部小字深田なのだ。”泥深い田んぼ”という意味です。ここらは
湿地帯ということが伺えます。ここの奥の集落は『船木』
”船が来る”から来ているそうでこの辺りは深い入江でした。

 

そして黒部の”黒”は鉄を表していると思います。当時
の入江を挟んでの向かい側にある鳥取という集落には
5世紀から13世紀まで使用されたという巨大な製鉄コンビナート
遠所遺跡群鍛冶工房跡が見つかっています。そこからは
製鉄炉・鍛冶炉・炭窯・須恵器窯・竪穴式住居・掘立建物跡が
見つかり鉄原料から製品まで一貫生産体制だったことが解っています。
ここ弥栄町黒部には当時の丹後を伺い知る秘密がたくさん
ある場所なのだと思います。

 

1931

 

本殿は立派です!今日は神職の方がいらしており娘が

 

『何か音がする!お父さん怪しい人がおる!』

 

なんて言っておりました(^^;神職の方とお会いする機会など
滅多にありませんので今思うと色々とお話を伺っておけば
よかったと後悔しております(><)

 

深田部神社は丹波道主命の丹後平定後に
五穀豊饒を祈願して豊宇気大神を祀り、創建したといいます。
近くには黒部銚子山古墳というかなり大きな古墳があり
そこが丹波道主命の埋葬地とも・・・。セットで見に行かれると
面白いかと思います。

 

御祭神:豊宇気大神 、八幡大神 、天照大神、 天児屋根命
京都府京丹後市弥栄町黒部411  延喜式内社 深田部神社
 

 

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『仏教はあちらから』摩利支天社跡

2016年12月1日 / 丹後の神社, 神社・歴史

先日、大宮売神社の宮司さんが雪囲いをされたと
仰ってたので早速、見に行ってきました。

 

1882

 

やっぱしナイロン製の囲いではなく菰が良いですよね!風情があります。
参拝を終え裏手の禁足の杜を見て裏手にある薬師堂にある薬師如来像を
見てきました。

 

1881

 

物凄く立派なんですよ!この薬師如来像は元々、今の薬師堂の
裏手にある木積山(約270m)の山頂の大伽藍の中にあったそうだ
今も当時のお堂跡があります。

 

さて、帰ろうとふと振り向くと『?』
度々、訪れてるのにも関わらず全く気が付きませんでした

 

1880

 

摩利支天社の跡地だったんですね。
摩利支天とは仏教の守護神で陽炎を神格化したものと言われ
元々、古代インド神話に出てくる女神ウシャスが原型だそうだ。
金毘羅大権現がクンピーラというガンジス川に住む鰐の神。
インド伝来の神様というのは多いんです。仏教はあちらの方から
伝わったのですからそりゃそうかもしれませんね(笑)
ここにあった摩利支天社の事はよく解らず・・・。記録が残ってないのでしょうか?

 

京都府京丹後市大宮町周枳  摩利支天社跡

 

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ふとんのえびすや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご一報連絡いただけると幸いです。


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