カテゴリー「丹後の古墳・史跡」の記事

『新選組の礎を作った男』大虫神社

2016年3月14日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社,

 

1378

 

明治維新の火付け役であり新選組の基礎を作った人物で
清河八郎という人物がいます。頭も切れ昌平坂学問所で学び
後に清河塾を開く、そこには山岡鉄舟をはじめ各地から憂国の士が
彼のもとに集まります。文武両道で北辰一刀流の免許皆伝の腕前でもあります。

詳しいことは覚えてませんが小説?の影響なのでしょうか?どうも僕の
イメージが良くないんです(^^;変節漢的な扱いをされてたんじゃないかと・・・

 

でも清河神社と言う清河八郎が祀られる神社が出身地にあるくらいで
ホントは人々に尊敬されるに値する素晴らしい人物ではなかったのか?
と思い藤沢周平の清河八郎を描いた回天の門という本を買ってみました。

 

この本に出てくるのかどうかは解りませんが清河八郎は
安政二年(1855年)に母を連れて諸国を漫遊しています。その時に
丹後の地にも足を運んでいます。その事が彼の残した
記録『西遊草』に出てきます。

 

1377

 

1379

 

与謝郡の温江に母を連れて大江山まで来ているそうです。
この温江で大きな神社といえば大虫神社です。大己貴命と少彦名命の伝承
麻呂子親王を助けた白い犬が持つ鏡がここ大虫神社にあった言われています。
丹後でもとても古い神社で様々な伝承がある神社ですから清河八郎が
素通りしたとも思えず、また、大江山に登った際に元々、大虫神社が
あった池ケ成にも行ってるのかもしれません。

 

清河八郎は丹後へ来た際に誰に会ったのでしょうね?

 

 

御祭神 大己貴命

京都府与謝郡与謝野町温江字虫本1821  式内名神大社・旧府社 大虫神社

 

 

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

 

 

タグ: , ,

『鬼神塚は何処?』竹野神社

2015年11月27日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社, 神社・歴史

久しぶりに竹野神社へ参拝に行ってきました。
この日、宮司さんとお会いし、お話をさせて頂く良い機会に恵まれながらも
前々からお聞きしたいと思っていたことを尋ねそびれてしまいました(><)

 

1272

 

それはと言いますと『鬼神塚』
以前、大江町の鬼の交流博物館で見たこの写真

 

1270

 

麻呂子親王によって誅殺された鬼達の墓石とも言われています。
これが竹野神社周囲に点在していたものが集められて牧之谷という
場所に集められていると聞いてたのですがそれが何処なのかが
分からなかったのと何故、竹野神社の周囲に点在していたのか?
などをお聞きできればと思っていたのですが・・・。

 

後でお詳しい方に教えてもらったのですが石と彫りを見ると
これは最近ものだと。確かに見ると新しい。調べてみると大半の
石は壊れてしまい、これらはそんなに古くないものらしい。
裏にはシッカリと年号が刻まれており”天保”だそうです。

 

取り敢えず、場所はネットで調べることが出来ました。牧之谷は
丹後町此代の枝郷らしく乗原の隣にあるそうだ。一度は鬼神塚を
見てみたいと思っております。これも麻呂子親王の鬼伝説に関わる
一つの史跡です。きっと地元の方も大事にされていらっしゃるのだと思います。

 

またの機会に鬼神塚へ行ってみたいと思います。

 

 

御祭神:天照大神   斎宮神社:竹野媛命、建豊波豆羅和氣命、日子坐王
京都府京丹後市丹後町宮宮ノ谷245   神明大社・旧府社  竹野神社

 

 

 

 

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

 

 

タグ: , ,

『丹波道主命の館跡』船岡神社

2015年10月30日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社, 神社・歴史

京丹後市立五箇小学校のすぐ横に神社があるのを
ご存知でしょうか?

 

1229

 

雰囲気的にはあまり感じられないかもしれませんが
恐らく、結構古い神社じゃないかと思います。

 

1230

 

教育委員会の案内板によれば”船岡”は”府の丘”から来ているようで
それは丹波国(丹後・丹波・但馬・若狭は元々一つの国)の大王で
あろうと言われた丹波道主命の屋敷跡から来てるのでしょう。

 

1231

 

船岡神社とともに天満神社も祀られているのですが
石碑を見てみるとこの天満神社としてはかなり古いんじゃないかと
思われます。菅原道真公が没したのは903年、大宰府に流された
のが901年、その時、道真公の形見『梅花石』を祀ったのが始まり。

 

もう一つ面白いのがこの神社の神域は古墳の様です。
今は小学校が建っていますがここは下山横穴基群があり
須恵器杯、平瓶、土師器椀、甕、刀子、銑鏃のほか人骨などが
出土しています。舟岡周辺は良質の粘土が出て、須恵器が
焼かれた窯跡が数カ所あります。

 

御祭神:丹波道主命(船岡神社)菅原道真(天満神社)
京都府京丹後市峰山町五箇小字舟岡  船岡神社

 

 

 

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

 

 

 

 

タグ:

大宮賣神社の御旅所『石明神遺跡』

2015年10月9日 / 丹後の古墳・史跡, 神社・歴史

明日は丹後各地で一斉に秋祭りが行われます。
街の隅々にまでに地域地域の神社の幟が立ちとても華やかになります。
神社も活気づく日です。今日の夕方、配達の帰りにこんなところへ
立ち寄ってみました。

1182

大宮賣神社から500m離れた所にある石明神と呼ばれる遺跡です。
明神と言われるくらいですからこの御社には神が祀られていると思いますが
ここは石碑にもあるように古墳時代後期の横穴式石室です。

1183

いつもこれが気になります。何なのでしょうか?普段はありませんがお祭りの時にはあります。
ここからの帰りに大宮賣神社の一の鳥居の前を通ると同じものがありました。

京都府京丹後市大宮町周枳字石明神  石明神遺跡

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

 

 

タグ: ,

鬼伝説と大名行列『美多良志荒神』

2015年6月23日 / 丹後の古墳・史跡, 丹後の神社, 神社・歴史

大江山の山中に仏性寺と居場所があります。鬼伝説と
密接な関わりのある場所です。二瀬川という美しい渓谷があります。
その川沿いに石畳の道があります。これは今のアスファルトの
舗装された道路ではなく昔の宮津街道にあたり、ココを宮津藩
京極家の大名が参勤交代に江戸へ向かった道になります。
ということはこの道を・・・

『大名と鬼が歩いていた!』

話によるとこの石畳は昔のままだとか
当時のものがそのまま残ってるなんていいですね~!

この道沿いに美多良志荒神があります。
荒々しい黒木鳥居です。

山肌には結構、ゴツゴツとした岩が目立ちます。
ココを暫く登って行くと

小さなお社があります。これは丹後の2番目の鬼伝説
麻呂子親王(聖徳太子の異母弟)が大江山へと鬼退治に
やってきます。 英胡、軽足、土熊という三匹の鬼に率いられた
鬼神たちは妖術を駆使し、麻呂子親王は攻めあぐねます。

すると・・・。額に鏡を付けた2匹の白犬が現れ、鏡で照らすと
鬼たちは姿を消すことが出来なくなってしまったそうだ。

神話でも絶体絶命のピンチにこういうお助けマンが
現れるパターンは結構有りますね。話はそれましたが
その鏡を祭ったのがこの神社と言われております。
闇を照らして光を与える神として信仰の厚いそうです。

少し離れたところにはこんなのがあります。
近くに源頼光が腰掛けた岩があるので酒天童子の
足跡とされてるんじゃないかと思います。

御祭神  白犬のご神鏡
京都府福知山市大江町仏性寺 ?  美多良志荒神

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
最後までご愛読ありがとうございます。宜しければクリックをお願い致します

 

メールでのお問い合わせはこちらからどうぞ

タグ: ,

創業明治十年 老舗寝具専門店
ふとんのえび
すや
京都府京丹後市峰山町呉服6
(京都銀行峰山支店前)
定休日:ほぼ無休(不定休)
営業時間:AM9:00~PM7:00

※ご遠方からのお越しの際には
ご連絡をいただけると幸いです。
不定休、諸都合等で休みの場合がございます。


過去の記事はこちらで


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京丹後情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 舞鶴情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 豊岡情報へ
クリックしてくれると嬉しいです

LINK